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いにしへの短編集1《分かたれた大陸》

およそ2億年前
地球はひとつの大陸だった

《分かたれた大陸》

 「ばぁが生まれるより、もっとずっと昔の話さね。今大陸はいくつあるね?」

 ばぁさまはにっこり微笑むと、子どもたちの顔をぐるりと見渡した。

 「そりゃ2つさ!」

 アカが身を乗り出して答えると、重ねるようにメセマが答える。

 「僕らが住んでいるのはローラ大陸だ。」

 私は、ばぁさまの年寄り特有の深い暗緑色の手をぎゅっと握ると、

 「もうひとつはドワナ大陸でしょ?」

と付け加えた。

 「そうそう。北のローラ大陸と南のドワナ大陸の2つさね。2つの大陸は昔ひとつだったんさ。」


*** 

メセマが石を切り出すと
アカは石を運んだ

アワが口承を唱えると
メセマは文字を刻んだ

アワはこの石碑に
生命の調和を託す

2つの大陸は
いつか再びひとつとなる

***


遥か昔、大陸がひとつだったころ。天は金色に燦々と輝き、地は生命の楽園だった。人々は天と地のエネルギーを循環させ、その大いなるエネルギーで天を翔け、地に深く潜った。


私たちは
天とともにあり
地とともにあった


都市は北にひとつ。南にひとつ。独自のシステムを持つ複数の村が点在する北の都市と、共通のシステムを持つ人々が一箇所に集まった南の都市。北は祭祀を司り、南は科学を担っていた。


2つの都市は
天と地の循環のように
バランスを保つ


地の変動に応じて、人々は地の上に住むこともあれば、地の下に住むこともあった。あるとき、過去に類を見ないほど森林の動物たちが騒めいた。鳥は遠くへ飛び立ち、動物たちは大移動を始める。地震が頻発するようになっていた。北の祭司は天と地に耳を傾け、南の科学者は空を駆け巡る。

科学者たちは、大陸は裂け、金色に輝く太陽は消え去り、この地は暗闇に閉ざされるだろうと言った。祭司らは、地の下に逃れるようにという天と地の声を伝えた。

人々はできるだけ多くの動物と植物の種を、地の下に運んだ。これから続く地の下での生活が、限りなく長くなることを知っていたからだ。みなが天を見上げ、目に見える天に別れを告げた。

北の民は北の地の下に、南の民は南の地の下にそれぞれ逃れたとき、ひとつだった大陸は南北に引き裂かれた。割れた地の底から噴き出た火柱が天を貫く。噴煙が太陽を隠し、地の上は暗闇に閉ざされた。

南の民よ、あなた方は北の民を記憶しているだろうか。北の民は、かつて私たちがひとつだったことを途切れることなく語り継いでいる。

私たちはこの地を離れ、東の果てに向かう。いつかときがきたら、北の民と南の民は再びひとつになるであろう。祭祀を司る私たち北の民は、いついかなるときも忘れることなく南の民の生命の調和を祈り続ける。


***


 アワはふうっと息を漏らした。どれくらい経っただろう。全神経をこの石碑に集中させたのだ。全身が怠くてたまらない。丸く掘られた洞穴の中央に巨石が鎮座し、松明の灯りにメセマが掘り込んだ文字が浮かび上がっている。
 文字にそっと指を這わせると、じんじんとした強い痺れを指先に感じた。石が任せろと言ってくれている。

 「ありがとう。」

 アワはそう呟くと洞穴をあとにした。仄暗く狭い坑道のような通路を抜けると、人工太陽が照りつける広場に出る。待ち構えていたアカがさっと駆けつけ、アワの肩に柔らかな布を掛けてくれた。

 「疲れたろ? ばぁさまに会いに行く前に、メセマの家で温かいお茶でも淹れてもらおうぜ。」

 2人は広場の南にある狭い路地に入った。この村は路地が入り組んでいて、他の村からやってきた人は必ず道に迷ってしまう。いくつかの角を曲がり、メセマの住まいがある通りに出ると、メセマは戸口の前に立ち2人に向かって手を振っていた。

 「女だったら絶対祭司になってるな。」

 「本当に。あの石に掘られた文字も、ものすごいパワーだったのよ。私はそのエネルギーに生命の調和を融合させるだけでよかったくらい。」

 「お疲れさま。石の声がここまで聞こえてきたよ。アワの能力は強力だ。そうそう、温かいお茶だったね。用意して待っていたよ。」

 メセマは戸を開くとアワの肩に手をかけ、部屋の中へと導いた。どの通りも人工太陽で煌々と明るかったが、電灯が好きではないメセマの部屋には柔らかな蝋燭の灯りが点っている。

 「通りは眩し過ぎて、今の私にはちょっときつかった。ここはホッとするわね。」

 メセマの淹れてくれたハーブティーが、アワの緊張していた身体をほぐしてくれる。疲れてくすんでいた肌が澄んだ翡翠色へと戻っていく。

 「ばぁさまも、これでひと安心だな。たとえ口承が途切れたとしても、石碑に残しておけば忘れられることはない。」

 メセマが硬く引き締まった声で言う。

 「あの石碑はここに残していくのね。」

 アワが不安げに呟くと、アカが確認するように硬い口調で問いかける。

 「あの石碑は必要なときに必要としている人の眼前に顕われる。そうだよな?」

 「ええ。そう。ばぁさまが言うにはね。あの洞穴は特別なんだって。でも、私には確信が持てないの。」

 アカは低い声で唸ると押し黙った。メセマの柔らかな青みがかった緑の腕が、重たい空気を祓うように宙を舞う。途端に3人を包んでいた空気が軽くなった。

 「ありがとう。そうね、石も任せろと言ってくれた。」

 「だろう? 僕にも聞こえたよ。任せろってね。信じるんだ。あとは石に任せて、僕たちは僕たちの道を歩んでいこう。」

 「うん。その通りだ。これからの道のりは長い。 よしっ! ばぁさまに会いにいこうぜ。」

 アカが手のひらで両頬をパンパンと叩きながら立ち上がった。アワは胸を熱くする。この先、ローラ大陸はさらに分断していくことだろう。この地は変化し、天と地のエネルギーが循環しにくくなっていくのだ。
 私たちは、地がばぁさまに教えてくれた東の果てを目指す。頼りにしていたばぁさまとも、今生の別れだ。アワは熱く込み上げてくる思いを全身に行き渡らせると、アカが開いた扉の向こうへと飛び出した。


***

赤ん坊を含めた
16才以下の若者たちすべてが
東の果てへと旅立った

北の民は天と地の声を聞く

彼らは迷うことなく
東の果てに辿り着くだろう

***


 ここだ。ここに違いない。

 アワはみなを待たせると、無我夢中で岩間を奥へ奥へと進んでいく。声が聞こえる。地が草木が太陽が、ここだよ、ここだよと、アワを呼んでいる。
 潮風の匂いが鼻をくすぐった。アワが意識を飛ばすと、天と地がアワの意識に寄り添ってきた。アワはそのエネルギーを身体に取り込み、循環させる。こんなにも澄んだエネルギーは初めてだった。
 長旅で起きたあれやこれやが浄化され、心身ともに澄み渡っていく。身体の内部から眩い光が放たれた。柔らかく慈愛に満ちた振動が全身を満たす。
 気づくと、目の前に青く澄んだ海が広がっていた。アワはメセマに意識を飛ばす。メセマがみなをここに連れてきてくれるだろう。私はもうしばらくこのさざ波に耳を澄ませ、天の振動に身を任せよう。アワは真っ白な砂浜に身を横たえた。

***

その地にて
アワは祭司となり
アカは民を導き
メセマは石を切り出し文字を刻んだ

***


 「我々の祖先は、400万年より前に地の下に降りたと言われている。以来我々は、常に最先端の科学技術をこの地の下に注ぎ込んできた。
 我々がこの広い空間を見出したのは、およそ300万年前のことだ。ここには広大な湖と豊かな土壌がある。我々は人工太陽のもと、祖先が持ち込んだ地の上の種で森を作り、畑を耕し、祖先が連れてきた地の上の動物を繁殖させてきた。我々は、この地の下に楽園を築き上げたのだ。」

 ムトカは瞼のない大きな黒い瞳を一際輝かせると、白く細長い腕を振り上げた。広場に集まった10万の民が歓声を上げる。

 「今、我々は時代の転換点にいる。政府は地の上の観測所を増設し、近い将来活発になるであろう地の上での活動に向けて、着々と準備を進めている。
 これまで地の下に注がれてきた我々の科学は、今後地の上に向けられることになる。ここ地の下の楽園のように、地の上にも我々の楽園を築こうではないか。」

 広場の壁という壁、頭上に広がる丸天井に民衆の興奮した歓声が反響しこだました。


***

北の民と南の民は
新たな歴史へと一歩踏み出す

両民の再会については
また別の物語で語るとしよう


〜 完 〜

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