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*小説《魂の織りなす旅路》 最終章 再会

【再会】

 「今日はこの辺で、だな。」

 稽古を終えた師匠はよいしょと立ち上がると、「あ、そうそう」と軽く手を打った。すたすたと小走りに部屋の隅にある飾り棚に向かうと、その引き出しから小さな紙切れを持ってくる。

 「これこれ。」

 師匠が差し出した紙には住所が書かれていた。見覚えのある筆跡だ。

 「この間、悠が来たんだよ。」

 「え? 悠さんが?」

 「ああ。数ヶ月前に母親を亡くして、日本に戻って来ることにしたそうだ。こっちで硯の店を開くと言っていたよ。今度行ってやらないとなぁ。」

 心臓の鼓動が早まった。悠さんが日本に帰ってきている。紙切れを凝視し固まっている私を気にするでもなく、師匠は話を続けた。

 「これを渡して欲しいって頼まれたんだ。今は月に一度稽古に来るだけだから、すぐに渡せるわけじゃない、遠慮などしないで自分で連絡すればいいと言ったんだが、迷惑をかけるといけないからって、そのメモを置いていったんだよ。」

 「そうなんですか。じゃあ、連絡してみようかな。」

 「うんうん、それがいい。そうそう、悠はまだ独身だそうだよ。」

 師匠は何もかもお見通しという微笑みを見せると、部屋から出て行った。

 小さな紙切れに浮かぶ文字には、昔と変わらぬ飾り気のない伸びやかさがあった。私はその本質にそっと指先で触れた。悠さん、いくつになったかな。私の7つ上だったから46・・・か。同時に思い浮かべた自分の歳に、ふっとため息をつく。それからその小さな紙切れを財布の中に入れると、私は帰り支度をした。

 翌日、仕事を早めに切り上げた私は、悠さんの住所を訪ねてみることにした。電話番号は書かれていなかった。家にいるかどうかはわからないけれど、行ってみるしかない。
 悠さんの住まいは電車で40分、さらにそこから徒歩で12、3分のところにあった。明治時代の文豪が住んでいそうな、竹垣に囲まれた木造平屋の風情ある家。いかにも悠さんらしい。
 竹垣の門扉を開き玄関の呼び鈴を鳴らすと、ブーという小さな音が遠慮深そうに家の中で響くのが聞こえてきた。

 「はーい。ちょっとお待ちくださいー。」

 悠さんの懐かしい声に鼓動が早まる。なんて挨拶したらいいんだろう。こんにちは、かな。 それとも久しぶり、がいいかな。軽くパニックになりながら、何も考えずに呼び鈴を鳴らした自分を恨めしく思っていると、ガラガラガラッと目の前の引戸が開いた。

 「あっ、こ、こんにちは。お久しぶりです。」

 顔が火照り、耳が熱くなる。

 「耀さん。」

 悠さんの柔らかな笑顔と、私の名を呼ぶその懐かしい穏やかな声の余韻を耳に残しつつ、私はバッグから封筒を取り出した。

 「これ。ずっと持っていたの。」

 悠さんはぐいと私を抱き寄せると、待っていたよとその腕に力を込めた。


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