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WSプログラムデザインの記録「ワイルド午後ティー」

実施日:2019.4.2 11:00-16:30

場所:京都造形大学および周辺

参加者数:5名(講師含む)

主催:場とコトLAB(自主企画)

WSタイトル「ワイルド午後ティー」

カテゴリー区分:価値の変換、疑い系

【ねらい】

<創造として>
テーマは「半径2kmの世界を変える」。

私たちは道ばたの野草の名前を、いくつ知っているだろうか。その野草のうち、どれくらいの種類が食べられるか知っているだろうか。「雑草」と今まで言ってた植物の名前を知り、種類別に探すと、途端に道端からの情報量が増える。摘んだ時にはまだ「ただの草」と認識していても下処理を進めると、ある時から「野菜」「食材」に見える不思議さ。調理して食べた時の美味しさへの驚き。しばしの談笑と食事を終え、帰路につくとき、いつもの道路が広大な「畑」に見える錯覚。そのイリュージョン性が「ワイルド午後ティー」の醍醐味である。

創作において必要なのは「視点の置き方」のみならず、「眼差しのフィルター」を持つことだ。人は自分を楽しませるもの、刺激的な体験は、つい遠くにあるものと思ってしまう。本プログラムは「眼差しのフィルター」を通して、身近な世界を「ヘンテコ」に見つめ、楽しむ一つの作法である。

<グループワークとして>
目的達成型、課題解決型のグループワークのコミュニケーションとは違い、テンポや目的が曖昧な「雑談のデザイン」がここにはある。野草を探す時、宝探しするようにワイワイする。群生地に遭遇したらみんなで一斉に採取する。調理前の意外に手数の多い下処理。野草を探す、摘む、下処理、調理、食べる。その一連の行為から生まれる雑談が、半強制的にコミュニケーションを促すワークショップとどう違うか、その差異にも敏感になってほしい。

【内容】

11:00〜11:15 導入

行き先は大学から音羽川砂防ダムを目指してピクニックしていこうかと思っていたが(野外でも簡単な調理ができるよう一式器具は持って出ていた。)、その時々の状況に応じて組み立てようと思っていたため、とりあえず、大学構内の瓜生山散策からスタートすることに。

参加の学生は「実家にいた時、野草食べたことある!」と言っていたのだが、実際どういう反応を示すかどうかはわからなかったので、無難なツクシからスタートする。

11:15〜11:45 大学内で野草採集

野草摘みのこういう姿はかわいい。周囲から見れば「何してるの?!」という様子もまた面白いのである。

昨年の5月頃、大学内にスギナの群生地を見つけたので、ツクシも同様に生えているのではと思い、今回行ってみた(このワークショップではあらかじめのリサーチは重要。最低限の成功を確保するだけで、行く場所や採れる場所を決めすぎない余白がコツ)。

着いたはじめは、スギナばかりでツクシが少ないなあ、と思っていたが、一つ見つけると、途端に辺り一面にツクシが生えていることがわかる。野草は認知した瞬間に、”実はたくさんあるんです〜”と言わんばかりに、目に飛び込んでくる。本当、この感覚はいつも不思議だし、これが面白い。

学生も「こんな身近なところにツクシが生えているのか?!」と驚きつつ、一斉に採集し始める。野草摘みは、一人でやることも面白いがグループで採るとまた別の魅力が出てくる。

後、カラスノエンドウやスギナも少し採取する。カラスノエンドウは生で食べルト、それこそエンドウマメの味がする。生で一口食べて見せたが、学生たちは結構ひいていた。この時点で学生の野草の認識をある程度把握する。というか、このワークショップでは講師役が率先して口に運ぶことによって、参加者の先入観を解きほぐすことが重要。しかし、野草はあくまで野草であるので「自分が食べたい、食べれると思える場所や状態のものを採りや」と言ったポイントは伝える。


11:45〜12:15 下処理

この日は風が強く、時折雨が降る、という予報であり、寒かったため、瓜生山である程度の野草摘みをした後、一旦ツクシの下処理(ハカマ取り)を兼ねて、大学構内のオープンカフェにて暖をとる。こういうコツコツ系の作業は芸大生は本当に好きだ。おしゃべりをしながら手は黙々と動かす。また、一人は「なんか画になるところで撮影したい!」と本と野草を片手にどこかに行った。そういう自由さが大事

ちょっと天候が心配だったため、一旦、会として成立させることと、野草のおいしさをプチ体験してもらうために、スギナを炒って、即席スギナ茶を作って飲んでもらった。「香ばしい!」「なんか飲んだことのある味!」と概ね好評で、野草への興味とこれからのテンションをあげてもらう。

寒さと雨の心配から、ピクニックは取りやめ、近くの空き地や田畑散策で野草摘みをして、お家で野草料理を作ろうと提案する。こういう動的判断が、ユルい系(ないしは非構成型)のワークショップでは重要。ワークショップのテンポからすれば、かなりのオフビートなのだが、そのテンポを活かす進行がコツと言えばコツである。

ちなみに大学内で採集した野草は「スギナ」「笹」「タラの芽」「ツクシ」「カラスノエンドウ」「タンポポの花」。

12:15〜13:00 周辺の空き地や田畑で野草採集

京都造形大の周辺は都市型農業のような小さな田畑がそこかしこにある。大学構内の瓜生山を散策して探すより、このような日常風景の中にある街のスキマみたいな部分に注目して、野草を探す方が「ワイルド午後ティー」の狙いとして適正であり、やっぱり面白い。

学生には、「ここに生えているから摘んで」と指示して採取してもらうより、先にいくつか生えている野草を摘んで「これと同じやつを採ってきて」と伝える方が、街中の宝探し感が強まり、非常にワークショップ的であると思えた。またギシギシとスイバという似た野草を「スイバを探してほしいんだけど、ギシギシと間違えないでね」と伝えて一つのサンプルと本を渡してみると、次第に自分たちで同定に関するコツを見つけはじめ、ドヤ顔で解説することも面白い。こういう観察眼が次第に高まってくるのがこのプログラムの魅力である。

 ヨモギが群生している空き地を発見。テンションが上がり、大胆にむしり取る。始まった当初に比べて随分自主的になってくる。その内、教えてもいない野草を自ら探し出したり、「実は昔、野草摘み、お母さんとしてました」なんてカミングアウトも出てくる。野草摘みが自然と彼らをファシリテートしてくれる。

13:00〜14:30 下処理と調理

 摘んだ野草はまだ野草である。しかし、綺麗に洗い、選別し、下処理を進めていくと学生より「なんだか食材に見えてきた」と思わず感想が洩れる。この知覚の変化が「ワイルド午後ティー」の魅力。また、アクティビティが「野草摘み」から「下処理、調理」というフェーズに変わることから、新しい刺激が生まれる。ただの野草摘みと料理のワークショップだが、ふだんの暮らしの風景を舞台にすることでこのイリュージョン性が発揮される。

14:30〜16:00 ランチとティータイム

完成した後の実食はただただ楽しく、美味しい。最初の頃の野草を摘む際のこわごわした感じからは180度変わる反応が、オモシロい。3〜4時間の中で、野草摘み、下準備、調理、実食と行為もめくるめく変わるプログラム構成が、実はワークショップとして実によく出来ている。ファシリテーター役、というのがほとんどいらない。あるのは食べられる野草と食べられない野草の見分け方の安全管理だ。

<野草メニュー一覧>
・タンポポの花びらのおひたし
・タンポポの花びらとオレンジのジャムと手づくりスコーン
・ノビルとソーセージの簡単中華炒め
・ノビルの酢味噌添え
・ツクシの佃煮
・ツクシの卵とじ
・ヨモギとベーコンとしめじのジェノベーゼ風パスタ
・笹とヨモギとスギナの乾煎り野草茶

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後記

狙いに書いた通り、「ワイルド午後ティー」は「認識や知覚がめくるめく変わるイリュージョン性」「眼差しのフィルターによる世界の楽しみ方」「雑談のデザイン」がすべからく達成できるプログラムである。ファシリテーターとして注意する動的判断はほとんどない(天候、気温、疲労感などについて気を配る必要最低限のことぐらいだろう)。しかし、強いて言うならば、「やらないこと」へのデザインだろう。

「ワイルド午後ティー」ではあえて野草の栄養や効能については言わない。「身体に優しいから食べましょう、摘みましょう」という理屈から野草の理解を深めてもらうことは、イリュージョン性の落差の醍醐味を損なわせる。次に下調べをしすぎない、ということ。そして山や大自然、田舎に行きすぎない、ということ。宝探しのようにまちなかの空き地や田んぼを探す。その中からなんとか食べたくなるような綺麗な場所を探すという探検感が「眼差しのフィルター」を効果的にさせる。そして何よりダンドリをしすぎないこと。雑談のデザインは、通常のワークショップデザインのテンポから外れること、プログラムデザインの王道から外れることから生まれる。それをちゃんと自覚的にできるか、というのが大切だ。

以上がワークショップデザイン面からの「ワイルド午後ティー」の振り返りだが、コミュニティデザインや地域デザインを仕事にする人間として、こういうワークショッププログラムを考えることは筋トレとして位置付けているのだが、それについて少し書きたい。

狙いとして“創作において必要なのは「視点の置き方」のみならず、「眼差しのフィルター」を持つことだ。人は自分を楽しませるもの、刺激的な体験は、つい遠くにあるものと思ってしまう。本プログラムは「眼差しのフィルター」を通して、身近な世界を「ヘンテコ」に見つめ、楽しむ一つの作法である。”と書いたが、私たちはないもの探しはうまいが、あるもの探しは苦手だし、ないと思っていたものの“ある”を見つけるのはもっと苦手だ。

地域の仕事をしていると、住んでいる人が当たり前として見過ごしていたり、価値を見出していなかったり、隠そうとしているものの中に可能性が多くある。それを見つけるのが、ヨソモノとして関わる私の仕事だとは思うのだが、それを職能の技とするよりも、本音を言えば、多くの人が“いかに身近な世界をいかにたくさんの角度から楽しむか、楽しめるか”ということを常日頃から考えたり、試していると、世の中はもっともっと楽しいものになると思うし、住んでいる街の魅力や遊び方は住んでいる人だからこそ発掘できる、ということになると思うのだ。

というのも私自身、20代半ばに「摂津峡とともに生きる」ということをライフテーマに設定し、いかに摂津峡を一年通じて遊べるか、というのを試しているのだが、「焚き火」「野宿」「ハンモック」「花見」「蛍とカジカを愛でる幽玄のひと時」「秋の虫の音」「魚捕りの仕掛けづくり」「ピンホールカメラ」「モバイルカフェ」「山とウクレレ」「ガサガサ」「夏は川に足を突っ込んでパソコン仕事、昼寝」などを試していると「そんなことができる場所に住んでない〜」と羨ましがられることが多い。「あ、そうか。野草ないんか。焚き火できないんだ」なんて思うのだけど、自分の暮らし半径2kmを楽しむことを徹底的にしていれば「ここだからできること。他ではできないこと」ということに自然と化ける。それが地域の資源になり得る。加えて、身近な世界の楽しみ方ができるようになると、他の地域の魅力ももっと見つけやすくなる。

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今までのnote記事
<プロジェクトのHOWTO もしくはAtoZ>

・はじめに
「平成」という時代とファシリテーター、ワークショップデザイナーに至るまで

・プロジェクトが始まる前に気をつけたいこと
プロジェクト型チームの危険性と心構え

・さあ!スタート!そんな時に
【コトの立ち上げ方、進め方】

・プロジェクト、少し慣れた頃の次のステップ
【プロジェクトが拡がるコツとチームづくりの一歩】

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今までのnote記事
<ワークショップの記録と振り返り>

「HOW TO or NOT HOW TO」(アイデア創出系)

「ツレヅレ市場弁当」(価値の変換、疑い系。出かけるコンテンツ)

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