見出し画像

【短編小説】 すっからかん 【百合】

「ねえ、どうして人は死ぬのが怖いんだろうねえ」
そう、箸でからあげを掴みながら、まあやちゃんは言った。あたしは、その発言に気を取られて自分の箸からぽとりとごはんを落としてしまった。
まあやちゃんとあたしは毎日学食で一緒にからあげ定食を食べる。取っている授業もほとんど一緒。
まあやちゃんとは、一年の時、必修だった文学史の授業で出会った。その頃には、みんなそこそこグループが出来ていたけど、あたしは、馴染めていなかった…というよりは、馴染む気がなかった。「ま、友達が出来ないなら出来ないでいいか」といった感じで過ごしていた。
ある時、授業開始から数分経って申し訳なさそうに、あたしの隣にそそくさと座ってきたまあやちゃんは、一人で漫画みたいにあせあせしながら分かりやすく焦り始めた。どうやら、授業のレジュメがないけど、遅刻した手前、教授に言い出せないようだった。まあやちゃんが手を上げようか悩む度に、まあやちゃんのくるくるのツインテールがぴょこぴょこ動いて視界の端で跳ねた。
単に、それがその時のあたしは鬱陶しかったのだ。
だから、「あたしの一緒に見る?」とつい声をかけた。
それを聞いたまあやちゃんは、みるみる内にぱあっと明るい顔になって、すごく嬉しそうな笑みを浮かべて、「…いいの?!ありがとう、助かるう」と手を合わせて、ぐいっと近付いて来たのだった。
これが、まあやちゃんとあたしの出会い。それから、三年の今までなんとなく毎日一緒。まあやちゃんは、いつもくるくるのツインテールでリボンやフリルがたくさん施されたふわふわの洋服を着てて、ぽやぽやしてて、帰りにどのクレープを食べるかってことしか考えてなくて、なんかほっとけない。
それなのに、今日はどうしたっていうんだろう。お気楽まあやちゃんが、いやに哲学的じゃないの。
「ルリは、どう思う?」
「…死んだら、全部終わりだからじゃないの?」
「なんで?」
「なんでって…死んじゃったら、どうなるか分からないじゃん。自分が、自分のままなのかも。そうなったら、積み上げてきた人生がすっからかんになっちゃうでしょ?それが怖いんじゃない?」
「ふうん…まあ、たしかに、ルリと過ごした記憶が無くなっちゃうのはさみしいかも〜?」
「はいはい、そういうのいいから。ていうか、まあやちゃん、からあげ、冷めちゃうよ」
「うん…」
いまいち腑に落ちていない様子のまあやちゃんは、素直にもくもくとからあげを食べ始めた。まあやちゃんは細いのによく食べる。今日も、からあげ定食ごはん大盛だ。まあやちゃんの身体のどこにこのからあげは行ってしまうのだろう。三年間、一緒にいるけど、まあやちゃんのことはよく分からない。

***

「地球っていつかは滅びるのかなあ」
まあやちゃんは、またもや哲学モードのようだった。
「始まったんだから、いつかは滅びるでしょ」
「ええ〜!そうかなあ。それって、実感がないから言えることじゃない?ルリもさあ、目の前で地球が滅亡しそうだったら、どうしよう!ってなると思うよお」
「…そうなった時は、諦めるよ。目の前で地球が滅亡するくらいの出来事が起こってる状況で、あたしに何が出来るの」
「も〜!ルリはドライ過ぎるよお、死んじゃうかもしれないんだよ!そん時、まあやのことほっとくんだあ〜?」
「なんで地球最後の時までまあやちゃんと一緒にいなきゃいけないのよ」
「だって、地球最後の日がいつ来るかなんて分からないでしょお?今、こうしてからあげ定食を食べてる時かもしれないよ?それに、実際、まあやとルリはいつも一緒にいるじゃん!つまり、最後の時に一緒にいる確率が高いってこと!」
「そうかもしれないけど…じゃあ…まあ、手を繋ぐくらいはしてあげるよ、それでいい?」
「え〜!ルリったら、冷たいと思ったら意外とロマンチック!じゃあ、じゃあ、ぜぇったいの絶対、約束だからね!地球が滅亡する時は、まあやの手を繋いでね?まあやから離れないでね?」
「わかったわかった、滅亡する時はね」
「やった〜!」とまあやちゃんは、手をぱちぱち叩いて子供みたいに喜んだ。そして、いつものご機嫌の倍くらいご機嫌な様子で、からあげをぱくぱく口に放り込んで、定食をあっという間に平らげた。全く、まあやちゃんは、いつも突拍子もないことを言う。地球滅亡だなんて。そんなこと、そうそう起こらないし、まあやちゃんと一緒にいるかなんて分からないのに。それに、まあやちゃんこそ、「どうしよお!」って言いながら慌てふためいて、せっかく手をこっちが握っていたとしても、気付いたら迷子になってそうじゃないか。一人ぽっちであせあせしているまあやちゃんが容易に想像出来る。でも、地球滅亡の時、一緒にいてくれるんだと思ってちょっと嬉しくなったのは、まあやちゃんには秘密だ。

***

水曜日だけは、まあやちゃんと授業が被らない。
だから、あたしはまあやちゃんが来るまで、学食で席を取って待つことにしていた。別に先に食べてても、まあやちゃんは怒らないと思うけど、なんとなく、ね。いつも大体は小説を読みながら、まあやちゃんの到着をのんびりと待つ。
学食には大型のテレビがあって、大抵の学生はそのテレビをなんとなく眺めている。ちょうど、お昼のニュースのようだった。耳に入ってくるのは何の変哲もないニュースばかりで、つまらない。
小説に集中するため、耳栓代わりにイヤホンでもしようかなとカバンへと手を伸ばした時、テレビからけたたましいサイレンのような音が鳴った。周りの学生たちがざわつき始める。最初は、緊急地震速報か何かかと思ったが、テレビに映ったキャスターの顔色が明らかに動揺していた。スタッフから渡された、原稿をぎゅっと握り締めたまま、呆然としていつまで経っても読み上げようとしない。
数秒の後、スタッフが促したのか、やっとハッとして口を開くと、キャスターは震える声でこう言った。

「地球が、滅亡、します」

何を言ってるのか、分からなかった。
お昼ご飯を食べる学生たちのおしゃべりで騒がしかった学食は、今ではしぃんと静まり返っている。ただただ、テレビからサイレンが鳴り響いていた。
続いて、テレビには、宇宙らしき映像が流され、そこには巨大な石が映っていた。
キャスターが言うには、この巨大な石は、いわゆる隕石というやつで、地球へ向かってものすごいスピードと威力でもってやって来ており、あと数分で衝突するという。そして、衝突すれば、地球が滅亡するのは確実との試算が出ました、そう言った瞬間、キャスターはその場で泣き崩れた。
キャスターのその様子が皮切りとなって、いよいよ学食はパニック状態になった。キャスターのように泣き崩れる者、祈る者、信じられずに呆然として立ち尽くす者、ショックな余り気絶してしまう者…。
あたしは、何故だか冷静だった。いきなりの出来事に脳が追いついてないだけかも知れないが。
テレビでは、地球が滅ぶというのに、大真面目に中継を続けていた。テレビマンたちの最後の意地、というやつだろうか。なるほど、無情にも隕石はまっすぐ地球めがけてどんどん進んでいるようだった。
その映像や怯える人たちを見ながら、あたしはぼんやりとこのあいだ、まあやちゃんが言っていたことを思い出していた。

「ねえ、どうして人は死ぬのが怖いんだろうねえ」
「地球っていつかは滅びるのかなあ」

まあやちゃん、地球、滅亡するね。
あたしたちは一緒にいる確率高いって言ったけど、一緒じゃなかったじゃん。
まあやちゃん、どこにいるの?
まあやちゃん、離れてたら、手、繋げないじゃん…。

まあやちゃんが、くるくるのツインテールをぴょこぴょこ跳ねさせながら困っているところを想像したその時、目の前が真っ暗になった。

***

…また、死んじゃったあ。
まあやとルリは、いつもこう。
何度も何度も、生まれ変わって出会っては最後に別れてしまう。しかも、死ぬ時は絶対に別々。
今回は、大学生として出会って、結構平和だったから、今度こそ大丈夫だと思ったのになあ…。
ルリは、サバサバしてて、頭がいい。まあやと違って、しっかり者で、いつも助けてくれるから大好き。
大抵、ルリは困った顔というか呆れた顔をして、まあやと話す。まあやは、あんまり頭良くないから、ルリにとってはまあやの話がつまらないんだろうなと思う。でも、まあやはそのルリの呆れ顔が嫌いじゃなくて、むしろ好き。だって、そんな呆れ顔するくらいなのに、一緒にいてくれるってことは、まあやのこと大好きってことだもん。
…まあやね、死ぬのが怖いんだ。
自分が、じゃなくて、ルリが死ぬのが。
ルリ、こないだ「死んじゃったらどうなるかわからない。今まで積み上げてきたものがすっからかんになっちゃうから怖いんじゃない?」って言ってたけど、まあや、それ聞いた時、驚いちゃった。まあやが、死ぬのが怖い理由、当てちゃうんだもん。
生まれ変わったら、ルリはまあやのこと覚えてない。いつも、「はじめまして」。
まあやは、ルリが「いろんなルリ」だったことを知ってるのに、たくさんの楽しい思い出があるのに、ルリは全然覚えてない。その度に、まあやは「すっからかん」になるの。
これを、もう数え切れないほど繰り返してる。
いっそのこと、出会わないようにしてみたこともあった。なのに、必ずルリはまあやの前に現れて、やれやれって感じで助けてくれる。
どうして、まあやたち出会っちゃうんだろうね?
せめて、どうやったら。どうやったら、死ぬその時まで、一緒にいれるのかなあ?
まあや、どうしていいか、わかんないや。

…ねえ、ルリ、今度はどうか最後まで一緒に…。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

529,721件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?