見出し画像

やめなければ、継続だ。また書きに戻っておいで。


更新が途絶えてしまったnoteのアカウントをたくさん見る。

すごく文章が面白かったあの人も、フォロワーがたくさんいるあの人も、毎日書きます!と宣言していたあの人も。いつのまにか最終更新日が3ヵ月前、半年前、1年前・・となっていく。


書き続けるって、とんでもなく大変なことだ。好きで始めた発信や執筆活動なのに、平気でくじける。平気で飽きる。平気でめんどくさくなる。平気で放り出したくなる。

楽しかったはずの「書くこと」に、時間が空けば空くほど向き合いたくなくなってしまう。昔自分が書いた文章が妙にきらきらしていて、今の自分を責めているように感じる。



書けなくなって、書きたくなって、また書けなくなって。気付いたらまた書きたくなっている。


私は去年からnoteを始めて、1年間と3ヵ月なんとかギリギリで毎月記事を書いてきた。

言葉をむさぼるように毎日書いていた時期もあったが、書くことから逃げたくなり、3週間ほど何も書けなくなったときもあった。いわゆる、スランプというやつだったのだと思う。


不思議なもので、noteというものは更新を空けてしまうと「そろそろ書かなければ」という気持ちと「もう書きたくない」という気持ちが同居する。

そうゆうときは、地獄の時間になりやすい。パソコンに向かって記事を書こうとしても、言葉が一切出てこないのだ。noteのエディタ画面を開いてから2時間が経過しているのに3行しか書けていない・・・なんてことが毎日のように続いた。


ああ、もう無理かも。と思った。どこからも書くエネルギーを引っ張り出せない。もう、どうしていいか分からなかった。


だけど、ふと思い出したのだ。
どこかの誰かが、「やめなければ、継続だ。」と言っていたことを。


私は、「noteを更新すること」ではなく「noteを辞めないこと」に意識を向けてみた。

このふたつはほんのちょっぴりだけ違う。noteは逃げない。いつでも書きに戻ってこれる。そう思うようにした。


書くって、不思議だ。書きたくて書きたくてたまらないときもあれば、書きたくなくて画面から目を背けたくなるときもある。


いつでも戻ってこれる、と思ったら書きたくなった。人間の脳はどうなっているのか、未だに分からない。


”続けている人”は、きっとこの繰り返しを何回も何回も経験しているのだと思う。書けなくなって、書きたくなって、また書けなくなって。気付いたらまた書きたくなっている。そんなサイクルで、世の中に文章は生まれ続けているのかもしれない。




辞めなければ、継続だ。


私には、ずっと更新を待っている大好きなnoteクリエイターがいる。もう、2年ほど更新がない。彼は文章を書くことを辞めてしまったのかもしれない。でも、彼の文章を待っていたい自分がいる。彼の文章のファンだからだ。

もし彼が明日noteを更新したのなら、戻ってきてくれてありがとう!と思う。辞めないでくれてありがとう!と思う。


更新から日が経ってしまったあなたにも、「あなたの文章を待っている人」がいるかもしれない。

辞めなければ、継続だ。また書きに戻っておいで。



中野あすか@帰省、なんとか乗り越えたよ


**

【中野あすかについて】
替えの利かない、「ただの話し相手」として。個人でライフコーチをやっております。クライアントさんとお話ししたり、文章を書いたり、ラジオでひとり喋りをしたりしてのんびり生きています。

noteの感想・質問・中野あすかのセッションに関するお問い合わせは、公式LINEまたはTwitterのDMよりお待ちしております。

【公式LINE】
https://lin.ee/l8CERcu

【Twitter】
https://twitter.com/nakano_asuka12

【音声配信もやってます】
https://stand.fm/channels/6005804b2b4a4592fe54473a


この記事が参加している募集

この「サポート」って機能、なんなのか知らなかったのですが、どうやらチップ的なものらしいです。いただいたら、新しい本とちょっと美味しいお米を買う資金にしようかなと思います!