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怪異蒐集 『誑(きょう)』

■話者:Nさん、大学生、20代
■記述者:八坂亜樹

 Nさんの実家は、山岳信仰の残る山奥の集落にある。
 集落には屋敷神を祀る家が多く、N家にも「ミ様」と呼ばれる祠があった。「ミ」というのは頭文字らしく、正式な名前はNさんも知らないという。祠はいつも鉄の扉で閉ざされていて、中を見たことはなかった。

 Nさんには年の離れた二人の兄と二つ下の弟がいて、全員の名前に漢数字が入っている。それ自体は珍しくないが、長男から一、二と昇順になっているわけでなく、バラバラな数字が与えられているのが変だった。
 また、家では男子にだけ手製のお守りを与えられた。お守りは首から下げるよう言われて、特に家を含む山間部にいる間は外すのが禁じられた。
 Nさんは長女だったので、名前に漢数字はなく、お守りも与えられなかった。気にしたことはなかったが、弟は喧嘩のたびに「お守りももらえないくせに」と馬鹿にしてきた。

 Nさんが中学生のとき、弟と喧嘩をした。頭にきたNさんは、弟が昼寝している間にお守りを開いた。お守りには折り畳まれた和紙が入っていて漢数字がひとつ書かれていた。弟の名前にある数字とは別の数字だ。
 その紙を「バカ」と書いた紙に替えた。
 これから弟はこの紙を誇るのだ、と笑いを堪えていると、眠っている弟がうなされ始めた。夢でも見ているのかと思ったら、やがて目を閉じたまま飛び起きて「いやだ!いやだ!」と狂ったように叫びだした。

 庭仕事をしていた祖父が血相を変えてやってきて、お守りを開いた。そして中身がすり替わっていることに気づくと、Nさんに向かって「どこにやった!」と怒鳴った。慌ててポケットから元の紙を出して渡すと、祖父はそれを弟の口に押し込み、飲みこませた。弟は徐々に落ち着いて、再び眠りに落ちた。あとで聞いたところ、暗闇の中を何かが這ってくる夢を見たという。

 散々怒られたあと、祖父にお守りの意味を教えられた。
 お守りに書かかれていたのは、「誑(きょう)」という数字で、ミ様から弟の存在を隠すためのものであるらしい。男子の名前に漢数字があるのも、ミ様を避けるための呪(しゅ)であるということだった。

「ミ様は他所から来た神様で、うちの家系の男はミ様に見つかると山に連れて行かれる。ミ様は目が見えないから、お守りを身に着けていれば見つからない。それでも見つかったら、誑を飲む」

 弟は一度見つかったので、お守りがあっても見つかる可能性が高いという。祖父は弟のものとは別のお守りをNさんに渡して、
「弟のことはお前が見ろ。またミ様が来たら、中に入っている誑を飲ませろ」
 と言った。翌週、Nさんと弟は都市部に住む親類の家に預けられた。

 現在大学生のNさんは、東京で、同じく大学生になった弟と住んでいる。
「弟は今も生意気で憎たらしいですよ。でも私のせいでもあるし、見捨てるわけにはいかないですから」
 とNさんは、首から下げたお守りを弄りながら語った。


■メモ
・「かんのり」と同じく文化人類学の学会で蒐集した話。本文の通り東京在住の大学生。実家は東北の日本海側とのこと(亜樹)
・フィールドワーク系の学会あると蒐集が捗るね(朱音)
・みたま市の話ではないから怪異蒐集としては番外だけど(水鳥)
・「山に連れて行かれる」ってみたま市の話(猫の番)でもあったけど、山の信仰がある地域ってそういう考えがある?(朱音)
・「連れて行かれる=死」ってことよね(水鳥)
・死後、魂が山に帰る山上他界って考えはある(亜樹)
・でもミ様は「他所から来た」って言ってるから、ここで言う「山」って、集落に浸透してる山岳信仰の対象とは別の山?(朱音)
・ミ様が元いたところの山かな(亜樹)
・屋敷神って土地の神様ってイメージあるけど、他所から来た神様もなりうるもの?(水鳥)
・祖先神とか稲荷が多いけど、他所から勧請されてきた神様も多いよ(亜樹)
・加護を必要とする時期にどこかから招いて、そのまま祀ることになった感じかね(水鳥)
・じゃあ、山岳信仰が根付いてる地域なんだけど、それとは別に山に由来する神様を招いて屋敷神として祀ってるってこと?(朱音)
・集落に多いって言ってるから、直江廣治の分類における各戸屋敷神の状態で、元は集落全体で祀ってたんだろうね(亜樹)
・男子の命ってことは血筋よね。そんな祟り神みたいな神様を集落で祀ってたんですかね…(水鳥)
・もっと大きな災禍を避けるために強い神が必要だったとか(朱音)
・祟り神を勧請する例はけっこうある(亜樹)
・祟りを祟りでもって抑えるみたいな?(朱音)
・目が見えないって元からなのかね?(水鳥)
・招いたのは本当は神様じゃなくて巫女とかの霊能者で、事後に謝礼を惜しんで霊能者を…っていう六部殺し的な展開を想像した(朱音)
・だとしたら呪いが強いのも名前を伏せるのも頷ける(水鳥)
・ミは巫女様のミ?(朱音)
・あんまり略せてない!巫女かどうかもわからないけど、その霊能者の名前の一部だったりするのかも(水鳥)
・同じ地域の他の話も聞いてみたいけど、詳しい場所はぼかされたし、場所がわかったとしても来歴的に話を聞くのは難しそうかな(亜樹)


怪異を蒐集&コメントを書いている大学生たちが主役の夜話、
「眠らない猫と夜の魚」もお読みいただけると喜びます!


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