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怪異蒐集 『かんのり』

■話者:Nさん、研究員、40代
■記述者:八坂亜樹

 小学生の頃、Nさんは物置のように狭く粗末なアパートに住んでいた。
父はなく、母と二人の生活はいつも苦しかった。ただ同然の家賃も払えず、隣の一軒家に住む大家の嫌味に頭を下げて耐える、そんな母の姿が今も忘れられないそうだ。

 ある日、Nさんは白い子犬を見つけた。子犬は側溝の中で屁泥に埋まり、小さな体を震わせてヒィヒィと鳴いていた。アパートは犬猫禁止で、もとより飼える余裕はない。しかしNさんは子犬を連れ帰った。惨めな姿が自分と重なって、どうしても放っておけなかった。
 母は何故か怒らず、黙って子犬を洗ってくれた。Nさんは子犬をシロと呼んで温めたが、その甲斐なく、シロは夜明け前に動かなくなった。Nさんは泣きながら学校へ行った。
 学校から帰るとシロの死体がなかった。母に聞くと、窓から見える大家の家を指さした。ここから見える場所に埋めてあげたくて、庭にある柿の木の根本にこっそり埋めたという。Nさんはその木に手を合わせた。

 それからNさんは、辛いことがあると木を拝んだ。祈っても助けてくれない神様の代わりに、木に祈った。暮らし向きは変わらなかったが、シロが見守ってくれているような気がした。Nさんだけでなく、母も熱心に木を拝んでいた。やがて木の枝に、瓢箪のような形をした小さな白い実が生った。風に吹かれて小刻みに震える様子は、シロに似ていた。
 実が生ってしばらくしてから、大家が木を拝むようになった。大家だけでなく大家の家族みんなが、かわるがわる木を拝んでいる。その様子は祈っているというより、畏れているように見えた。木にはしめ縄が巻かれ、神主らしき人が来て祈祷を行った。神主と大家の会話の中に「かんのり」という耳慣れない言葉を聞いた。
 それから大家の家で葬式が続いた。葬式が終わると木に生っていた実が落ちて、新しい実ができた。その実が大きくなるとまた葬式が行われた。そうして一年と経たないうちに、大家の家は空き家になった。

 アパートは持ち主が変わり、取り壊しが決まった。アパートに未練はないが、シロと離れたくなかった。
 そう言うと母は「シロはもう、あそこにいないの」と言った。代わりに、と木から落ちて乾いた実をくれたが、Nさんはそれを空き家になった隣家の庭に投げた。

 Nさんは別の街に越したので、木がどうなったか知らない。稀に似たような実が生った木を見かけることがあり、その度にシロを思い出すという。

■メモ
・みたま市の人の話じゃなくて、大学で文化人類学の学会に来てた研究者の方に聞いた話。出身は西の方としか(亜樹)
・かんのり、聞いたことないな。どんな字をあてるんだろ(朱音)
・「かんぬし」みたいに読みが変わったんじゃ? だとしたら元の言葉は「かみのり」とか(水鳥)
・なら「神+実り」? なんかしっくり来る(朱音)
・言葉だけだとめっちゃ縁起良さそうだけど、大家はすっごい嫌がってるよね(水鳥)
・むしろ鎮めようとしてる(亜樹)
・扱いっていうか祀り方が難しい? 下手に祀ると逆効果になるとか(朱音)
・だとしたら吉になるように行動しそう。大家がめつそうだし(水鳥)
・行動見ると、大家は「かんのり」がどういう存在か知ってた気も(朱音)
・そうじゃないと神主呼ばないよね(亜樹)
・読みの話に戻るけど、言語学専攻の友だちに「かみのり→かんのり」の話をしたら、そんな変化の仕方しないんじゃないか、って言われた(朱音)
・というと(水鳥)
・「神+実り」なら、変化したとしても「かんみのり」になるんじゃないかって(朱音)
・「かみ+みのり」じゃなくて最初から「か+みのり」だった?(水鳥)
・「か」と読ませる何か…あ、「果実り」?(朱音)
・それは普通に果物が実っただけですね(水鳥)
・そうですね…(朱音)
・禍?(亜樹)
・ぽい!!(水鳥)
・なるほど。「禍+実り」なら、実った時点でやばそうだし、大家の迅速な行動もわかる(朱音)
・大家できることやってる気がするけど、それでも全滅て…(水鳥)
・呪い系だとしたら滅法強い(朱音)
・呪いと言えば、母ちゃん何かやってないか(水鳥)
・だよね。最後の台詞も意味深(朱音)
・隣家の庭に埋めるっていうのも…実際に埋めたのか、埋めたけど後で掘り返したのか、その辺は想像するしかないけど(亜樹)
・実りってつくからには植物の根元に埋める必要があるんだろうし、作法は違うけど、どうしても犬神系を思い浮かべる(水鳥)
・西の話だしね(亜樹)
・ていうかこれ、ペットを庭木の根本に埋めたらうっかり実ったりするんじゃ?(朱音)
・そんなん実りまくりですやん(水鳥)
・さすがに他にも条件があると思うけど…(亜樹)

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