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第43話 想像の未来へ

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年5月。

ーーー スウィートブライド創業2か月前。

フォトグラファー手塚春彦の承諾を得た翌日、僕はすぐに椎名凛子に連絡を取り、姫路で会う約束をした。

フレンチレストラン「ブラージュ」はモダンテイストの大人婚。それはまさにスウィートブライドが目指すスタイルであり、僕はこの広告撮影からスウィートブライドが始動できる事に喜びを感じていた。

僕は早速ブラージュの撮影イメージをノートに書きだしていく。

北野のチャペル会場「ランブルーム」からいただいた広告写真があまりに良かったものだから、僕はランブルームのコンクリートとガラスを融合した透き通るようなモダンな組み合わせをブラージュ撮影のベースとしてノートの中央に大きく描き、そこに至る様々なアイテムや撮影アングルなどをその周囲に置いていきながら自分のイメージを可視化していった。

そんな可視化していくイメージの中で、僕の頭の中にある画像の多くはある式場からインスパイアされたものであった。

その式場とは、神戸コンチネンタルホテル。
ブライダルに関わる多くの人がリスペクトしていると思うが、僕もその一人。このホテルのブライダルデザインイメージは秀逸でバランス感が良く、いつも僕の心の奥を刺激してくる。可視化作業に少し迷えば、神戸コンチネンタルホテルのサイトを見ては元の道に戻していく・・・、僕はそんな作業を繰り返していた。

2012年5月下旬。

まだ早い朝の9時。僕は椎名凛子を連れ、まだ仕込み準備中のブラージュに来た。
外観からエントランス、そして披露宴会場、お手洗い、チャペル会場、親族待合室、新郎新婦着付け室・・・など、結婚式当日にこの部屋はこう使いたいという僕のイメージをベースに案内をしてまわった。

店内に入るやいなや乙女のように目を輝かせていた椎名凛子は、すぐにいつもの洞察力あふれる目に変わり自分なりにすべての部屋をチェックしていた。

ひと通り店内の見学が終わった後、営業前で忙しそうにしているオーナーシェフの田辺さんに椎名凛子を紹介し、挨拶程度に言葉を交わして、ブラージュを出た。

僕たち2人はブラージュから西へ少しのところにある郊外型のスタバに入り、早速打合せを始めた。

「ビックリしました!姫路にこんなオシャレなレストランあったんですね!色んなパターンができそう」

「オシャレすぎて、本格的な挙式披露宴というよりは大人の立食パーティーが合うレストランだと思わない?」

「確かに!やり方によってはすごく夢が広がりますね」

「うん。色んなタイプのブースがあるから、人やモノを1か所に固めずにそれぞれのブースにそれぞれの食材のビュッフェコーナーを置き、新郎新婦はグラスを手に各ブースを回遊しながらゲストと会話を愉しむ。そのスタイルを生かすような集合と分散をうまく散りばめたパーティープログラムを作れば、姫路ではここにしかない圧倒的なテイストを持つレストランウェディング会場になるだろうね」

「めっちゃいい!映像が浮かんできますよ」

「でもね、残念ながらここは姫路・・・。神戸では無いからね。僕がイメージしているその内容では大阪や神戸ならいいけど、姫路ではダメだと思う。姫路ではチャペルをするところはココ、お食事をするところはココ、控室はココ、と区分けする方が望ましくて、ライブ的なカジュアル感よりはキチンとして見通しのいい大人婚に持っていく方がいいだろうなぁと思ってる。しいちゃんはどう思う?」

「わかります。私も中道さんと一緒。姫路は神戸と違ってまだまだ親御さんが登場してきますからね。上質でキッチリと、というキーワードは外せないかなと思います。それに中道さんが最初に言ってたパーティーイメージだと、クルーザーでBBQするようなお金持ちのボンボンの集まりしか無理なようにも思います(笑)」

「ハハハ、確かに。僕たちの方でお客様を選ぶのは良くないよね。最初に思ってた通り、大人立食パーティーではなくチャペル挙式付きの着席フルコースでいこうか。じゃ7月の撮影で必要なカットシーンとそれに必要なアイテムを考えていかなくちゃいけないから、まずは全体のイメージトーンを決めていこうかな。その辺り何かイメージある?」

椎名凛子はテーブルにノートパソコンを広げカタカタとキーボードを打ち始めた。そしてパソコンの画面を僕の方に向ける。

「私はこのイメージがいいですね」

それは神戸コンチネンタルホテルのサイトだった。
一瞬僕と同じ感性なのに驚いたが、よく考えればブライダルイメージをそもそも僕に伝授してくれたのは椎名凛子な訳で、彼女の感性と僕の感性が同じなのは至極当然の事であった。

僕と椎名凛子は長年一緒に仕事をしてきたような見事なコンビネーションで広告撮影のフォーマットを作っていく。まだまだ準備する事は多いが、僕と彼女の頭の中ではほぼ撮影の全容が出来上がっていった。

打合せの後、簡単に食事を済ませ、車で西へさらに30分のところにあるフラワーショップ「ブレスフローラ」に向かった。

フローリストの本田さゆりに椎名凛子を紹介し、少しお互いの経歴等の雑談をしてから撮影当日の花の打合せに入った。本田さゆりがすごいのか椎名凛子がすごいのか、驚くほどのテンポで次々と花のデザインが決まっていく。

披露宴会場のテーブル装花にはピンク系と白グリーンの2種類。ゲスト卓には背の高いカラーを主役にボリュームをつけていく。ブーケはクラッチスタイルでこちらもテーブル装花と同じピンク系と白グリーンの2種類。チャペル挙式用の会場には、パープルのバンダーをメインにアイアンの花器を揃えた。そしてフロアにはたくさんのキャンドルを散りばめる事に。

感性が合う会話というのは清々しい。

僕はほとんど口をはさむ事無く、楽しそうに打合せを進めていく2人の様子をただ安堵する親のような気持ちで眺めていた。

ブレスフローラでの打合せが終わり姫路駅へ向かう車の中で、椎名凛子が以前神戸北野でレストランウェディングをしていた時に取引のあったテーブルクロスを扱う会社を紹介してもらう事になった。担当の女性は、なかなかワイルドで義理人情に厚い人らしい。「絶対中道さんと合うと思う!」そう言われ、僕はその女性に会う事がまた楽しみのひとつになった。

すぐに椎名凛子にアポをとってもらい、3日後に姫路でその女性と会う事に決まった。

こうして準備がひとつひとつ進んでいく事に僕はある種の心地良さを感じていた。

それはこの3年間には無かった想像の世界。
僕はようやく失望のリアルを抜け、希望の未来(僕が描く想像の未来)へ踏み込んだ喜びを噛みしめていた。


第44話につづく・・・

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