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第65話 誓い

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年6月11日。

姫路市綿町に、小さな白いお店がオープンした。
すでに昨年より事業はスタートしているので、新規開店というような晴れ晴れしいものではなく、どちらかと言えばひっそりとしたスタートであった。

それでも一部の関係者の人たちからの開店祝いのお花がぽつりぽつりと届いていた。僕はちょっとした菓子折りを持って開店の挨拶で綿町商店街を廻る事にした。

この商店街は大通りからひとつ東へ入っていて人通りが多いところではないが、それなりに店舗数はある。お食事処、レストラン、バー、珈琲、アパレル・・・。僕にとってはそのほとんどが初めて入るお店。せっかくなので挨拶だけでなく実際に珈琲をいただいたりして一軒一軒ゆっくりと挨拶廻りをしていた。

そこには昔懐かしい美容室もある。昔懐かしいと言うのは、長年僕もこの地域でブライダルの仕事をしていると、美容室の大先生方とはそれなりにご縁があるもので、そういうところにも挨拶に伺う。ただ今後スウィートブライドとしての仕事のお付き合いが発生する訳ではないので、かなり気を遣うところではある。

「中道さん、お店今日オープン?おめでとう!私についておいで!皆に紹介してあげるわ!」

大先生はそう言うと、僕を商店街のカフェバーに連れていく。この店はこのあたりの色んな人種が集まる中心的なお店らしい。

「この人は、ブライダル業界のスーパースターのなかみっちゃん!そこの角地にプロデュースのお店をオープンしたから、皆さんよろしくね~!」

スーパースターはさすがに言われ過ぎだが、こうやって僕の事を紹介をしていただける事は、とてもありがたかった。

(ビジネスはギブ&テイク。また何かお返ししなければなぁ・・・)

ありがたい事は、裏を返せば結構なプレッシャーになるものである。

スウィートブライドと同じビルには、隣にスペインバル、2階には老舗のバーがある。どちらも姫路では知る人ぞ知る有名人気店。このビルが何となくオシャレな感じに見えるのは、その2軒のおかげだ。

ただしかし、これまでは人気の雑貨屋さんが入っていたので、若い女性が雑貨を見に来たついでにバルで食事をするという人の流れもあっただろうから、雑貨屋さんの次にブライダルプロデュース店が入るというのは、料理屋のオーナーからすれば何とも微妙だと思われているだろうと察しはついていた。だからそれについては、僕の中にブライダルプロデュースのお店で申し訳ないという気持ちもあり、元気に挨拶というよりは、かなり気を遣う想いで挨拶をした。

オープンから3日ほどで全ての挨拶廻りが終わった。どのお店も癖の強いオーナーさんばかりだった。大きな商店街のような全国チェーンのお店は全くなく、こだわりの自営業者の集まりのようだ。何とも面白味のある商店街だなと実感した。僕には合う街のように思えた。

2013年6月13日。

神戸のイタリアンレストラン「イゾーラ」の鈴木さんが開店祝いを持ってスウィートブライドに来てくれた。

「中道さん、おめでとう。着々と前進してるね!」

最終的にイゾーラのレストランウェディングプロデュースの誘いを断った僕としては、わざわざ姫路までこうして来てくれる事に恐縮しかなかった。

「鈴木さん、ブライダルの方はその後どうですか?」

「契約をしたのは30代の女性が代表の会社。専門式場を辞めて起業したばかりだから熱意はあるし、センスもあるから悪くはないだけどね。ただ、何て言うか、ビジネスなのよ・・・。」

「ん?それはどういう意味?」

「売れ線を追求するというか、今の流行りを押し付けてくるところがあって・・・」

「なるほど。まぁでも鈴木さんの店は神戸の第一線だから、流行りに敏感な事に悪くはないと思うけど。鈴木さん、そういうの嫌なの?」

「うん。中道さんだと流行りとかそういう事ではなくて、もっと根底にあるブライダル道でしょ。僕は中道さん派だから、外観ばかりカッコよくされても今ひとつピンとこなくて・・・。何か違うんだよね」

「鈴木さんの気持ちはわかるけど、あれだけオシャレな店なんだから、それなりの外観も大事だとは思うよ。その女性のプランナーも今は起業したばかりだから、やりたい事がてんこもりなんだと思う。今から経験を積んで良くなっていくんじゃないかな」

「まぁね・・・。やっぱり中道さんを捕まえておくべきだったなぁと後悔してるよ。でも中道さんはフリーでやるべき人だよね。ひととこに収まるような人ではないし。中道流のブライダル道を極めてほしい。そう思うと、スウィートブライドという会社を立ち上げた事は中道さんにとって良かったんじゃないかと思うよ」

「めっちゃ褒めてくれるね。ありがとう。元気でます」

自営業者は孤独だ。行先のわからない白紙のキャンバスの上でただひたすら自分自身を信じて頑張るしかない。だからこの広い世界に、一人でも僕の支持者がいてくれる事はとても勇気づけられる事。鈴木さんには頭の下がる想いがした。

「いつか、一緒に仕事しましょう!」

そう言って固く握手を交わした。僕は鈴木さんのようなオシャレな生き方はできないだろう。でもコツコツ頑張って少しでも鈴木さんに追いつきたいと思った。

外の駐車場に出て鈴木さんを見送り、サロンに戻ろうとした時、背後から声がかかった。

「中道さん、お久しぶりです!お店オープンされたんですね」

そこには60代くらいの夫婦らしい男女が立っていた。とても見覚えのある顔だった。でも名前が出てこない。いや、名前以前にその2人に関する情報が頭の中に出てこなかった。

(おそらく、過去に僕がプロデュースをした新郎新婦様の親族だろう。オードリーウェディングの時代か、カウスボレアーリスの時代か、プチウェディングの時代か・・・いつのお客様だろう?)

僕は頭の中で葛藤していた。しかしフルスピードで記憶をたぐろうとしても全くたどり着かない。

「今日は久しぶりに靖姫神社を参拝してきたんです。たまたま通りかかったら中道さんの顔が見えたので。」

(あぁ、靖姫神社という事は、オードリーウェディング時代かぁ)

確かに見覚えのあるお2人。2人のその言葉から靖姫神社でのお客様だとわかったが、それでもそれ以上の事は思い出せない。本当なら店の中に入ってもらってお茶でも飲んでゆっくりしていって欲しいところではあるが、僕がこの2人の事を思い出せない以上、これ以上時間を共にする事への恐怖感があった。

「お久しぶりです。せっかくなんですけど、今から用事があり、ゆっくりとできないんです。またいつでも遊びに来てください!」

僕はせっかくのお2人の好意を裏切るような心の痛みを感じながら、その場を切り抜けた。

すぐに過去の手帳を見るも、はっきりとはしない。僕がプロデュースしたお客様の事が思い出せないなんて・・・。

(僕は、どんな仕事をしていたんだろう・・・)

オードリーウェディング時代の自分に腹が立つ。

あの頃は、ビジネスが楽しかった。扱う会場が増え、それに比例するように従業員も増えていく。当然、売上も伸びていく。億単位で売上が伸び、まさにビジネス本にある成功体験のような、そんな自分に酔いしれていた。

最新のビジネス経営のノウハウを吸収する事ばかり考え、夢を持つ人たちと来る日も来る日もビジネスの未来を語り合った。

ブライダルの現場からは少しずつ離れ、僕はビジネスオーナーとしての生き方に執着していった。姫路で成功したから来年は神戸に、そして再来年は京都に出店する!と目標を立てた。そして、その目標達成に必要な人脈を作る事だけに精を出した。

結果として、オードリーウェディング時代の僕はこれっぽちも新郎新婦の事を考えていなかった。ただブライダルビジネスでしかなかった訳だ。

それが今日のような悲劇を生む。

僕は失敗して全てを失う事になったが、今思えば、それは必然だったのだろう。人は失敗するべくして失敗するのだ。有名になったところで、売上が億単位で伸びたところで、そんな事僕自身の人生にとって何の意味ももたない。それを叩きつけられたようであった。

久しぶりにひどく落ち込んだ。
この現実はしっかりと受け止めなければいけないと思った。そしてこれからスウィートブライドがやるべき事がまたひとつ見えたような気がした。

僕はさっきわざわざ来てくれた親族に懺悔しながら、そのおかげで新しい未来が見えた事に改めて感謝する。

これからはお客様のために生きよう。

真新しい真っ白なサロンの中で、僕はそう誓った。


第66話につづく・・・


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