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第34話 ワイフからのエール

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年3月。

外に出るとまだ肌寒い朝。
ピアホテルの深夜バイトが終わり、松屋で朝食を済ませた後、そのままプチウェディングのオフィスに入った。僕はここで姫路銀行の青野正樹さんと会う約束をしていた。

姫路銀行の青野さんと会うのは2年ぶり。
僕がオードリーウェディングを辞めた直後に明日香で会って以来であった。

「青野さん、ご無沙汰してます」

僕は深々と頭を下げた。
そして、7月からスウィートブライドを始動する事と、以前にお会いして以降の経緯を簡単に説明した。

「ようやくですね!また中道さんの笑顔が見れて嬉しいです」

「青野さん、早速相談なんだけど・・・。7月からスタートすると言っても事務所を持つ訳ではないので設備費なんかは要らないんだけど、営業用の自動車は欲しいし、ブライダルは今立ち上げても売上は来年春以降になるから、秋から冬にかけての生活費も必要になってくるんです。そのあたりの運転資金を借りたくて・・・」

「どれくらい必要?」

「手持ちで200万円は欲しいかな・・・」

「中道さん、今は他に借金ある?」

「今は三井住友銀行のカードローンが40万円くらいあると思う。あとは住宅ローンと、マツダのプレマシーのローンくらいかな」

「じゃ、この機会に三井住友のローンは消しといた方がいいですよね。ただ、通常の運転資金だと使用用途の明細が必要になるし、今の中道さんの状況で生活費として借りるのは難しいかな・・・。ちょっと金利は高くなるけど、うちで今年だした新しいローンプランでマックス300万までいけるのがあるんですよ。そっちの審査出してみましょうか?」

「僕はよくわかんないから、青野さんに任せます」

「了解。では事業計画書を用意して下さい。すぐできますか?」

「今日時間あるので、今からやれば明日にはお渡しできると思います。出来たら姫路銀行に持っていっときますよ」

それから少しの時間、今の仕事のことや姫路地区の企業の現況など色んな話をした。青野さんにはオードリーウェディングの最後に迷惑をかけてるので、再び青野さんに仕事の話をする事は僕にとってひとつの区切りというか、けじめでもあった。

それにしても、僕はお金に疎い。

「事業はしっかりと計画たててするもんじゃないの?」

ワイフからいつもあきれ顔で言われる。

お金の回し方を熟知してて理屈でオフェンスができる人は僕の周囲にたくさんいる。そのたいていは2代目か3代目だけど。でもそういう人たちは経済をよく理解していて、そういう意味では尊敬している。

僕は貧乏人で何のバックボーンもない。
自慢げに言う事ではないが、オフェンスの理屈や知識は持ち合わせていない。でも、だからこそ無鉄砲に突っ走る事ができるんだとも言える。

そうだ、これぞ無鉄砲の美学だ。

(こんな事言うと、またワイフ怒るだろうな)

そんな事考えてたら携帯が鳴った。
ワイフからのメールだ。あまりにいいタイミングだったから僕はちょっとビビった。

(わ!本当に怒られる?
 ---いやいや、そんなはずないか(笑))

『今日からイオンでスーツのバーゲンしてるよ!』

『それいいやん!欲しい欲しい!今日は今からやる事あるから、それが終わってから5時くらいには行けるかな。それくらいにイオンで待ち合わせでいい?』

『いいよ、了解!』

ワイフのメールに元気をもらった僕は、そのままプチウェディングのオフィスで夕方の4時まで脳みそをフル稼働してスウィートブライドの事業計画書とにらめっこした。

事業計画書が完成したのは、4時30分を少しすぎたところであった。

僕は急いで自転車に飛び乗りイオンに向かった。
イオンのスーツ売場に着いたのは5時15分だった。

売場に着くとワイフはすでにスーツを持っていた。

僕のサイズはY8。痩せ身で高身長の一番上のサイズ。
一応、どのメーカーの対応表にも表記はされているものの、実際の売場に置いてあることは極めて少ないというサイズだ。

全国チェーンの大手スーツ専門店でも、その広いフロアに僕にピッタリのサイズは数点ほどしかない。「イマドキ、僕のような体型の若者は多いんじゃない?」と店員に聞くと、たいていの店員はこう言う。

「今は皆、少し小さめのシルエットが流行ってて、ジャケット丈や袖丈も短めを着る時代ですよ」

(いやいや・・・、40代男に20代と同じような接客をされては困る。時代の流行りの服を着て喜べるのは30代まで。40代は自分の体型にも合った服がいいと思うのだ)

それはさておき、そんな僕のサイズをわかっているワイフが僕が気に入りそうなのを選定していた。希望のブルー系はなかったようで黒の無地や縦縞のものを数着。

値札を見るとスーツ上下で6000円・・・。
僕がデパートマンの頃は最低でも10万円はしたものだが、この価格破壊には正直驚く。何ともお財布に優しくなったものだ。

もちろん元デパートマンとしては、イタリアの輸入生地を眺めながらスーツを仕立てたいという想いはある。でも生活費すら銀行に借りなきゃいけない僕にはそれは夢物語であった。

結局、黒の無地と縦縞のを2着新調した。

ただ、僕にとってスーツはスウィートブライドの戦闘服のようなもの。だからいくら安物であっても、スーツを新調するという事は俄然気合いが入るものなのだ。

この日の夜はピアホテルのバイトはないので、イオンを出た僕はワイフの車の後を自転車で追っかけながら帰路についた。

2012年3月末。

僕がまた新しいプロデュース会社を立ち上げるという話は、すでに業界の中で広まっていた。

狭い業界、そして狭い地域だから、少し動き始めると一瞬にして周囲の雑音が耳に入ってくる。僕は聞きたくない事を聞けば腹が立ち、見たくないものを見れば更に腹が立った。

そして僕は毎度それに激昂し、愚痴をばらまいた。
その愚痴の被害者はいつもワイフ。でもいつもワイフは強い。

「そんな人たち、ほっとけばいいじゃない?」

いたって冷静なのである。

確かに外野の意見にいちいち腹を立てたところで時間の無駄かもしれない。大勢に嫌われても、本当に信頼のおける人が1人でもいればそれでいいじゃないか・・・。僕はそんな風に考えながら激昂した気持ちをおさえこんでいった。

(僕よりワイフの方が「男」かもしれないな)

そして、「これからもっと嫌な事があるだろうけど・・・」と前置きした上で、

「貴方は自分の想う道を進めばいいんじゃない?」

ワイフはそう言って、微笑んだ。


第35話につづく・・・



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