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第60話 和装撮影

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年4月16日。

9時45分。
JR姫路駅南口を出たところのロータリーに車をとめた。車のウィンドウから見上げると、見渡す限り透き通るような青い空が広がっていた。

待合せ時間になると、同じ電車に乗り合わせていたかのように、3人娘がコンコースから現れた。大阪や神戸から電車の時刻や車両を打合せして、「一緒に行こぉ~」というタイプの人種ではない。3人とも生粋のビジネスマンであるから、各々が待合せ時間に合わせて好きな電車に乗り、姫路駅を降りたところで偶然出会ったのだろう。察しはつく。

まず椎名凛子が現れ、その次にモデルの茜さん。そして重そうなスーツケースをごろごろ走らせながら鷲尾響子が姿を見せた。

「おっはよーございまーす!」

元気な3人娘を車に乗せ、料亭「花鶴」へ。花鶴はここから車で5分と駅から歩いても大丈夫な距離にある。

花鶴に到着すると、すでに手塚春彦がカメラ機材の準備をしていた。茜さんと鷲尾響子は本館2階の支度室へ、僕と椎名凛子は車に積んでいる色打掛とヘッドアクセサリーを持ってその後に続いた。

そして、今日のメインの撮影場所である別館「翁」へ。

早速、高砂テーブルとゲストテーブルをセットしていく。2列の流しスタイルだ。そこに、フェリーチェの岡田悦子がセレクトした濃紺の和モダン柄のテーブルクロスをかける。そのテーブルクロスが日本的になり過ぎず、和でありながらも洗練された世界観を演出してくれる。

いいタイミングで、ブレスフローラの本田さゆりが到着。その和モダンの濃紺のクロスの上にローズ系の鮮やかな花でテーブルをデザインしていく。洗練された世界観に、ゼクシィに出てきそうな幸せオーラが加えられていく。

「わぁ!ステキすぎです!さすが本田さん!」

いつものごとく、椎名凛子が感嘆の声をあげる。彼女のこの声がスタッフ皆のテンションを上げてくれているのだろう。店内に活気がみなぎる。

そこに、花鶴の社長の亜依さんと千田部長が到着。僕が2人に別館「翁」での撮影スケジュールを説明をしていると、本館から黒の色打掛を羽織った茜さんと鷲尾響子が「翁」に入ってきた。

店内は一気に華やかな空気に包まれる。
上半身から裾に向かって黒からピンクへと流れるグラデーションの上にピンク系の花が散りばめられた見た目にも豪華な色打掛だ。そして掛下にピンクのラインを入れる事で、黒の持つ重厚さに可憐で愛らしい雰囲気をプラスしている。

ヘアにもピンクの生花を大胆に飾り、茜さんの持つ華やかなイメージがより一層引き立てられていた。

「わぁ!キレイ!!鷲尾ちゃんGOOD」

椎名凛子が鷲尾響子とハイタッチしている。
今回の撮影もほぼノープランで鷲尾響子と本田さゆりにオファーしていたが、相変わらずパーフェクトな仕上がりだった。

スタッフ皆のテンションが上がった空気そのままに、一気に手塚春彦がシャッターを切り始める。

この撮影チームが揃うのは、昨年の8月のスウィートブライドのモデル撮影以来。昨年はたて続けに撮影をしたので、もう今年はさすがにモデル撮影は無いだろうと思っていたところに花鶴との出会いがあり、再びこのチームで仕事をする事となった。

素晴らしい技術を持ったプロが集結し、あうんの呼吸で流れるように撮影が進んでいく。同じ目的意識を持ったメンバーが創り出すその楽しい時間は、最高に心地良い時間である。おそらくメンバー全員がそんな風に感じているのではないだろうか。

社長の亜依さんも、そんな僕達チームの空気感を肌で感じてくれているようで、一緒に楽しい時間を過ごしていた。

前半は、和モダンを意識した色打掛、ヘアセット、テーブルセッティングをデザインしたが、後半は、一転「ザ・和」をコンセプトに、ゴールドの色打掛、そして日本髪風のヘアスタイルに。

日本髪風と言っても、鷲尾響子が作り上げる日本髪はコンサバティブなイメージではなく、今風の要素も取り入れたファッション雑誌に取り上げられてもおかしくないような可愛い日本髪だ。

その日本髪スタイルのあまりの可愛さに、僕はしばし見とれていた。そして僕が鷲尾響子に賛辞を送ろうすると、すでに椎名凛子がオーバーリアクションで賛辞を送っていた。

(この時の写真は2020年になっても当社の姫路和婚専用サイトの表紙を飾っている。僕にとってとても思い入れが深いヘアスタイルなのである)

この日は、本館の玄関前での撮影がラストになった。そして最後はいつものようにスタッフ全員で記念撮影をして無事に花鶴のモデル撮影が終了した。

「定期的に、このメンバーで撮影したいよね」

仕事なんだけど、まるで同窓会でも終わったような・・・、そんな幸せな余韻が僕たちを包み込んでいた。

ーーー翌日の早朝。

5時。
手塚春彦からメールがくる。

『中道さん、おはよ。昨日の全撮影データ、サーバーにアップしたよ〜』

相変わらずの考えられない仕事の速さだが、もう彼との仕事では驚かない。僕はすぐに内容をチェックしてDVDに保存し、花鶴の亜依さんへメールをする。

『昨日の写真データが仕上がったので、今日10時に事務所にお持ちします』

僕がしなくちゃいけない事は、手塚春彦が最速で作ってくれたデータを僕の手元に置く事なく、僕も最速でクライアントに届ける事であった。

それが僕から手塚春彦への感謝のお返しなのである。

2013年4月22日。

先日のモデル撮影から1週間後、僕と手塚春彦は再び花鶴を訪れていた。前回はモデルでの会場撮影だったが、今日は料理の撮影。花鶴のメニュー数は半端なく、一日かけての撮影スケジュールが組まれていた。

今日ばかりは、僕は手塚春彦の助手になる。

撮影はメニューだけに留まらず、シェフの調理風景からパーティーメニューまで撮影項目は多岐に渡った。日暮れ時には、日が落ちる瞬間をピンポイントで合わせて店舗外観の夜景撮影も行った。このあたりは、サービス精神旺盛な手塚春彦の真骨頂。普通のカメラマンではこうはいかない。

そして、いつものごとく翌日に仕上がった撮影データを使って、僕はすぐに花鶴のホームページ制作に取り掛かった。

直感的に大切な人だと思った亜依さん。
今回の撮影の仕事は、そんな大切な亜依さんからの依頼であった。

その依頼に、今の僕の最高のチームで撮影出来た事。そして、チームの皆が本当にいい仕事をしてくれた事。

僕は、それがとても嬉しかった。


第61話につづく・・・


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