見出し画像

第69話 北野坂

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

6月にサロンがオープンして以来、これまでの殻が破れてしまったかのように、様々な人が僕の前に現れるようになった。そして会いたくない人と会わなければいけないようにもなった。引きこもりが下界に出るという事は大変なのである。

僕の中でそれらはある程度想定内ではあったものの、こんなにもしがらみの多い世の中だったのかと改めて思った。そして、人はなぜ争いたがるのだろう、とも。

僕は、楽しく自分らしく仕事がしたい。そしてお客様を幸せにしたい。ただそれだけである。お客様にとって利のあることを追求していきたいと思うだけで、僕の利益なんてその後からついてくればそれでいいのだ。

僕にしか歩けない世界というものがあって、僕は僕に関わる人たちに面白い世界を見せてあげたいと強く思っている。僕と一緒にいて良かったと心から思ってもらえるような楽しい仕事を提供していきたい。それが僕の考え方だ。

他人は他人、僕は僕。
僕と争いたけりゃ勝手にすればいいが、僕のライバルは永遠に僕だけなのである。

今、改めて世の中を見ると、全てが「勝ち負け」に支配されているように映る。義理人情浪花節なんてもはや死語なのかもしれない。ただ、色んな人と会ってみて思うのは、「勝ち負け」に支配されている割に、「負け」を知っている人が案外と少ないように感じることだ。

物事の本質を作るもの、それは「負け」から始まる。

人生には必ず「負け」がある。
そして、その「負け」で得るものがあるから人は強くなる訳で、「負け」を悲哀に捉えるものではない。

何十年も積み上げて作ってきたものが、ある「負け」によって崩壊する。そしてそこから立ち上がり、再びゼロから作り上げていく。それにはどれくらいの年月がかかるかわからない。しかし、そうして作り上げられた新たな本質は極めて強いものであるはずだ。

僕はその本質を追求したい。

仕事にゴールがあるとするならば、僕自身がその本質にたどり着いた時であろう。だから僕の人生を賭けてそこを目指していきたいと思う。

サロンをオープンした事で、見える事は山ほどあった。マイナスの事もあれば、プラスの事も。でもそれらはきっと僕がこれから進むために必要な事なのだろう。見るもの、聞くもの、全てが勉強なのである。

2013年8月中旬。

お盆が明け、僕は山岡千里から紹介された美容室とドレスショップに伺うため、車で神戸に移動していた。

お盆が過ぎたと言っても、まだまだ夏本番の熱気だ。ジリジリと音が聞こえるくらい日差しがキツい。僕はいつものTシャツにジーンズ。ただ今日は人と会うので、Tシャツの上にブルーのジャケットを羽織った。さぁまずはドレスショップだ。

店の前に来て驚く。なかなか高級感漂うドレスショップだ。黒とゴールドに輝くエントランスは、まるで式場に来たかのようなゴージャスな世界観。この世界観を目の当たりにすると花嫁は一発で恋に落ちるだろう。

(しまった。スーツで来るべきだったな・・・)

自分が履いているよれよれのブルージーンズを見て少し反省したが、ここまでくれば仕方がない。開き直って堂々としていると、すぐにCA風に首にスカーフを巻いた女性スタッフが現れた。

「中道様でいらっしゃいますか?」

何とも抜け目のない素晴らしい対応である。僕はその女性スタッフに案内され、左手奥にある応接室に入った。ふかふかのソファに座ると、何が欲しいか?と聞かれ、珈琲をお願いする。ますますスーツを着てくればよかったと後悔した。後悔先に立たずである。

珈琲が出て一口飲んだあたりで、応接室の扉が開いた。ひょっとして僕が一口飲むまで待ってたのだろうか。隠しカメラでもあるのかもしれない。そう思わせるくらい絶妙なタイミングであった。

応接室に入ってきたのは、僕より年上の男性と、僕と同じくらいか少し下の感じがする女性の2名。名刺は、部長とチーフマネジャーだった。

ここまで来て言うのも何だが、このドレスショップは高級なハウスウェディングか、または格式高いホテルウェディングを選ぶ新郎新婦のためにあるようなショップで、「姫路結婚式ドットコム」を選ぶ新郎新婦ではないように感じた。

ドレスショップ側のスタッフは皆さんキチンとした対応で素晴らしいのだが、僕が目指す結婚式、僕が目指すチームとは合わないように思えた。

おそらくここの接客は、マニュアルでシステマチックなものであろう。どのお客様にも同じような接客が繰り広げられているのではないだろうか。あまりに接客が美しいとそんな風にうがった目で見てしまうものなのである。

このショップに入店してから数分で、そんな風に思った。

ただ、せっかくご縁をいただいた紹介なので、1時間ほどはそれなりの商談をして、その後、店内のドレスを案内してもらった。山岡千里の顔をつぶしてはいけないので、努めて楽しく振る舞った。

ドレスショップを出た途端、重たい空気が肩にのっているのに気づき、近くのカフェでゆっくりと肩の荷をおろした。

だがしかし、この商談はとても参考になった。ドレスショップの接客から、その背後にある大手のホテルや式場の空気まで垣間見れたような気がした。そして、僕が目指すのはそれじゃないと改めて強く思えた。

それともうひとつ。
山岡千里が僕にここを紹介したという事は、彼女が僕の仕事の本質を理解できていないのだろうと思った。そして彼女自身がこういうキチンとしたホテルや式場でしか司会の仕事をした事がないのだろうという事も容易に理解できた。彼女を否定する訳ではないが、僕にとってはそれもまた大いに勉強になったのである。

午後になり、少し車で移動して美容室に向かった。

到着すると、僕が想像していたより遥かに立派でゴージャスな美容室だった。芦屋の恩田さんが経営するエステサロンに似てるかもしれない。そして僕の目の前に登場した美容師は、まさにモデルのような雰囲気のある女性だった。その部分も恩田さんと似ている。そしてここでもよれよれのジーンズで来たことに後悔した。

(ブライダル業界って、ホント華やかで綺麗な人が多いなぁ。でも確かに見た目は重要かもしれないけど・・・)

立ち居振る舞い、受け答え、全てがホテル基準だ。もちろん僕も悪い気はしない訳で、2時間ほど商談というか雑談をした。先ほどのドレスショップでもそうだったが、僕みたいなフリーのプランナーは珍しいタイプなんだろう。僕に対する質問が面白い。興味津々に色々な事を聞いてくる。

ただ、話はとても盛り上がるんだけど、お互いのブライダル哲学は相反するように思え、本質の議論で交じり合えるような感じではなかった。

そういう事もあり、この非の打ち所がない素晴らしい女性でさえスウィートブライドではないように感じた。そう思うと、僕とバッチリ合う鷲尾響子という女性の存在のありがたさを今さらながらに痛感するのであった。

美容室から出るとほどなくして、山岡千里から電話が入った。

「中道さん、今日はお疲れ様でした!今美容師さんからも連絡ありました。中道さんと話してすごく楽しかったって言ってましたよ。いい話になりそうですか?私、今三ノ宮にいるんですけど、今から会えません?」

15分後に北野坂にあるタリーズコーヒーで落ち合う事になった。店に入ると、すでに1階のソファ席に彼女の姿があった。

「中道さん、どうでした?」

余程僕の反応が気になるのか、前のめりに質問してくる。

「どちらも、ステキでしたよ。対応も立ち居振る舞いも全てにおいて素晴らしかった。お話させていただいて僕自身も色々勉強になったし。ありがとうございました」

「ドレスショップのマネジャーも美容師も、とても喜んでました。中道さんすごく面白い!って。キチンとお付き合いをさせていただきたいって言われてましたよ」

「そうですか。それなら良かった。僕みたいな異端児とたまに会うと面白いだろうね(笑)ただ、今回の姫路結婚式ドットコムの企画での取引は無いと思う。価格的な折り合いが難しいかな。でもいいご縁だったので、今後何かあればと思ってます」

「良かったぁ~。私、あんまり人に紹介したりしないから、ドキドキしてたんですよ。中道さん気に入らなかったらどうしようって思ったりして。いい人たちなんで仲良くして下さい!」

子供を保育園に迎えにいかないといけないから、と、1時間ほど話をして山岡千里は店を出ていった。

山岡千里も今日出会った人たちも皆そうだが、とても清らかでいい人たち。礼儀も正しくキチンとされていて。ジーンズ姿の僕の方が余程無礼なのかもしれないと思った。

時計を見ると16時30分。
今日は何かこう、僕らしくない気の張る一日だった。このまま珈琲を飲みながら少し読書でもしようかと思ったが、ダメもとで春本香織に電話を入れてみた。

「いくいく~!」と元気な調子。電話をしてから3分くらいでタリーズコーヒーの扉が元気に開いた。白のニットシャツに白のパンツ姿で軽快に登場した彼女を見て、少しホッとする。

「早いなぁ!」

「そろそろ電話ある頃やと思って待ってたのよ」

「なんでやねん。ハハハ」

今日一日の張りつめてた疲れが一気に吹き飛ぶ感覚だ。さすが春本香織である。彼女と一緒に仕事ができないのが、何よりも惜しく感じられる。

18時。
春本香織とはここで別れ、僕はブライトリングへ向かった。何か今日はすぐに帰りたくない気分で、岩崎社長へメールを入れていたのだ。

(今夜は北野の夜の世界を案内してもらおう)

まだまだやる事が山積みのスウィートブライド。いつ焦点が定まってくるのだろう・・・。そんな事を思いながら、日の入りまではまだ早い、少し薄暗くなってきた北野坂をのぼる。

見上げると、白く丸い月が浮かんでいた。


第70話につづく・・・








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?