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55話 仕事の価値観

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年3月18日。

春本香織から古田和樹が始めるらしい新しい事業の話を聞いた僕は、早速連絡を取り、大阪に向かった。

衣・食の発信地と言われるその街は、若者の熱気に包まれていた。

(そう感じるのは、この街をそういう風に紹介してあるオシャレな情報誌を読んだばかりだからである)

このあたりは、雑貨屋さんやレストランが密集する人気の通りらしい。その通りの少し先に古田和樹がこれから始めるビジネスの拠点となるビルがあった。クラシックな感じの古い建物だが、いかにもこの街に同化していて、ここを選ぶ古田さんのセンスに唸った。

エレベーターで4階にあがると、通路があり部屋が隣接している想像していたオフィス空間ではなく、広々としたフロアが出迎えてくれた。

「中道さん、久しぶり!」

いつもの少しクールな感じで古田和樹が現れた。黒のジャケットに黒のパンツ、そしてべっ甲の眼鏡に無精ひげが何ともチョイ悪感を漂わせている。多国籍料理「ブランジェール」が閉店する時に会えなかったので、何年ぶりかもわからないくらい久しぶりの再会であった。

「本当にご無沙汰してます」

僕は、深々と頭を下げた。

「ブランジェールが閉店した時は結構ショックだったんですけど、こういう展開があった訳ですね。納得です」

「いやいや、たまたまこのビルのオーナーから話があってね。数年前から梅田でエステの会社も経営してるんだけど、そこでブライダル関連の取引先と話をしたりしてて、何て言うかタイミングかな」

「へぇ・・。なるほど」

僕は会話をしながらフロアを見渡していたが、今から改装というところだから、まだ古田和樹がやろうとしているビジネスの全体像がつかめていなかった。

「香織ちゃんから、古田さんフォトスタジオ始めるって聞きましたけど、どんな感じになるんですか?」

「いや、フォトスタジオと言うよりは、式場かな。格安のチャペル挙式をしようと思ってる」

「え!そうやったんですか。それはビックリ。それで僕ですか」

「そうそう、その通り。もし中道さんがまだ動き始めてなかったら、ここやってもらえないかなって思ってたんですよ。もっと早く打診できたら良かったんだけど、この話はまだ1ヶ月前に決まったばかりで。中道さんに連絡しなきゃと思ってたら偶然香織ちゃんに会ってね、それで今の中道さんの状況を聞いたんですよ」

「あぁ、なるほど・・・。でもそれは残念ですねー。僕にとってはタイミング悪い話ですよ。僕は格安チャペルにはつくづく縁が無いようです・・・」

「それは仕方ないですよ。でもそれより、中道さんが新しく会社を立ち上げたと聞いてすごく嬉しかったです。ようやくですね!中道さんのこだわりが満載のプロデュース会社。詳しく聞かなくても熱気が漂ってきますよ」

このあと、人気の通りにあるオシャレなレストランやカフェを案内してもらいながら、ほぼ一日を古田さんと過ごした。僕にとっては、かなり刺激的な一日。とりわけ古田さんが今から始めようとする事業の話は驚きの連続だった。

「格安チャペルですけど、年間何組くらい考えてるんですか?」

「チャペルは2会場で、30分ずつのインターバルを取りながら1日で11組をまわす予定。年間で1500組から2000組かな。式の後は、今日一緒に行ったレストランへ披露パーティーとして送客を考えてる」

「なるほど。スタッフはどうするんですか?」

「プランナースタッフとして9人、もうすでに内定してるよ」

「9人!多いですね。人件費大変ですやん」

「まぁね。でもそれくらいは要るよ」

「じゃ、衣裳やプロのスタッフももう決まってるんですか?」

「このためという訳ではなかったんだけど、たまたま僕のところに話が舞い込んできて、実はね・・・大手の衣裳屋さん買収したのよ」

「おぉぉ・・・。マジですか。もう話のスケールがでかすぎます・・・」

僕はその衣裳屋さんの名前を聞いて驚いた。そして、「ビジネス」というものを、まざまざと見せつけられた気がした。

「ハハハ。まぁまぁ。そんな訳だからウェディングドレスやタキシードは自社扱いになるんですよ。そこ大きいでしょ?もともと関西を中心にショップ展開している企業だったんです。一番近いショップはここから2駅先かな。もちろんここである程度のドレスは展開していくけど、ここに気に入るのが無かったらそのショップに行っていただいたらいいかな、と」

「それは素晴らしい!ドレスショップにある全てのドレスを選べる格安チャペル、最高ですね」

「でもカメラマンや美容師はまだまだ足りないので、中道さんの方でいい人いたら紹介してください。登録制で何人でも抱えておきたいから」

「いいですよ。カメラマンは一回の挙式でいくらですか?」

「×××円」

「はぁーー?それはあまりに安すぎでしょー?」

それはここに書くのもはばかれるような何ともお粗末な金額だった。美容師のひと組あたりのヘアメイクの費用も一応は聞いてみたが、僕の想像を絶する安い金額であった。

これには驚いたが、でもこの時にひとつはっきりした。

僕が格安チャペルをできない理由がそこにあるんだ、と。システムで固め、マニュアルで固め、鬼のような薄利多売でいかないと、この手の事業はうまくいかない。ある意味、冷酷さも必要なのである。プランナー9名の人件費も相当におさえられてるのだろう。

今日は古田さんから色んな事を学んだが、最後に聞いた費用の話はいつまでも僕の脳裏に焼き付いていた。

僕と古田さんの大きな違いは、プロに対する考え方だ。

古田さんの事業構想には脱帽するが、仕事のやり方については僕とは合わないのかもしれない。そういう意味では、今回の話はタイミングが悪い事が良かった事なんじゃないかと思えた。

その日の夜。

小2の長男と2人でお風呂に入っていた。
何となくまだ僕の脳には昼間の古田さんとの話が生々しく残っていて、ついつい息子に仕事の話をしてしまった。

つい最近までは僕の仕事の事をほとんど理解できていなかった長男に、パパの仕事は何?と聞いてみた。すると、ビックリするような回答が返ってきた。

「けっこんしきとホームページとホテルの仕事でしょ?」

自宅にいる時はデザインの仕事で、自宅にいない時は結婚式の仕事、そして夜に出かけて朝帰ってくるのはホテルの仕事。

非の打ちどころのない完璧な正解。
さらにこんな風に付け加える。

「でもパパが一番すきな仕事はけっこんしき!」

これも大正解。

「結婚式の仕事はね、パパの一番の夢。昼も夜も働きどおしで身体はしんどいけど、大好きな仕事をしているから、パパはとっても楽しいんだよ!」

僕はそんな風に息子に話をした。
仕事は楽しいものなんだと、小学生の息子には思って欲しくて。

「ボクもパパみたいにすきな仕事がしたいなぁ」

そんな息子の言葉を聞いていると、僕はこの子たちに胸がはれるような仕事をしていくべきなんだろうと、この時、強く思った。

今日は、大阪に行って色々と刺激的ではあったけれど、最終的に息子と話をして僕自身の気持ちに整理がついた。家族という存在はありがたいものである。

「明日は、はるとの卒園式だよ。パパ楽しみ」

「ボクは幼稚園行かないよ」

「うん、わかってる。パパがビデオ撮ってくるから、家帰ったらはるとの晴れ姿見せてあげるわ」

2013年3月19日。

次男坊の幼稚園の卒園式。
僕とワイフにとって初めての体験であった長男の卒園式から2年。時が経つのは早いものである。

今日はワイフにとっても卒園式だ。次男坊を2年間毎日幼稚園に送り迎えしてきた。我が家には3人目の子供はいないので、ワイフにとってこれが最後になる。

だからワイフには色んな想いのある式だろう。
僕は、そんなワイフや次男坊の様子をビデオに残す。

ビデオのファインダー越しに見える次男坊は、相変わらず首をちょっと右に傾けた姿勢で立っている。どんなに遠くて人が多くても、その姿勢で次男坊をすぐに発見できるんだ。いずれ直さなきゃいけないんだろうけど、僕にとっては次男坊らしくて可愛いものなのだ。

そんな次男坊の晴れ姿に、涙腺が崩壊する。

はると、卒園おめでとう。
そして鈴江さん、お疲れ様。


第56話につづく・・・



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