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第98話 REBORN(Reprise)

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2017年12月。

僕は行き場を失っていた。

人には目標があり、その目標の達成に向けて全力で走る。スウィートブライドを立ち上げてからの僕は、まさにそんな感じで脇目もふらずに全力で突っ走ってきた。

そして今年の9月。
ついに僕は思い描いていた目標に到達する。

ーーー しかし、その後に残ったものは完全燃焼した僕の燃えカスであった。心にポッカリ穴があいたように、僕は夢のつづきを彷徨っていた。

まさに燃え尽き症候群であった。

(これから僕はどこに向かえばいいのだろう・・・)

答えが見つからないまま、僕はクリスマスの陽気な香りに誘われるように神戸に来た。

ジャズカフェ「BLUE」に入ると、僕は一番奥にあるJBLのスピーカー前のソファに腰をおろした。右の奥には、オシャレなチェックのベストを着て、男爵のようなステッキを持った初老の男性が座っていた。

その男性とふと目が合い、僕は軽く会釈をした。すると、その男性がゆっくりと僕の方に歩いてきた。

「こんにちは」

優しそうなその男性の笑顔に、僕も笑顔で挨拶を返す。

「時折、お見かけしますね。隣、いいですか?」

「あ、どうぞどうぞ。全然いいですよ」

「神戸の人ですか?」

「いえ、僕は姫路です。だから、ここにはたまにしか来ませんが、そんなに見かけますか?(笑)」

「はい。何度か(笑)私は芦屋なんです。いきなりぶしつけですみません。ジャズお好きなんですか?」

「好きですねぇ。僕は、アートペッパー、デクスターゴードン、ジャッキーマクリーンあたりが好きです。」

「私も、マクリーンは好きだな。常に変化していて、自由奔放なところが聴いていて面白い」

「そうですね。マクリーンは聴く人の気分を選ばないと言うか、形を変えてるのに常にそこに漂っている感じがあって、そこが好きですね。マクリーンって、こだわりが無いんでしょうか(笑)」

「ハハハ。これが俺だ!って感じでそこに留まっていないからね。そこは面白いと私も思います」

しばらく僕はこの会ったばかりの初老の男性との会話を愉しんでいた。ジャズカフェは、普通のカフェと違ってこういう客同士の触れ合いがあるのもいいところだ。

「あ、そろそろ行かなきゃ!急に隣に座って勝手に色々すみませんでした。とても楽しい時間でした。またゆっくり」

「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。またお会いできるの、楽しみにしてます!」

「あ、そうだ。間違えてたらすみません。何か悩んでおられるようにお見受けしましたけど・・・。まぁ、あまり重くならずに。マクリーンのように自由奔放がいいですよ」

笑顔でそう言い残してその男性は去っていった。

(驚いた。今の僕はそんなにわかりやすく暗いオーラを出してるのか・・・)

僕は男性のその的をついた言葉にビクリとしながらも、素敵な時間を共有させていただき、気持ちが少し晴れたように感じていた。

(マクリーンのようにねぇ・・・)

「BLUE」を出た僕は、北野坂をのぼり異人館街に向かった。坂の途中にあるアンティークな雑貨屋さんのウィンドウはどこもクリスマス一色である。僕はその情景をニコンF3のファインダーにおさめていく。60分の1で切り取る北野坂の表情はフォトジェニックで最高だ。

僕は、石階段の下にある自販機でHOTの缶コーヒーを買い、萌黄の館前に。そしていつものベンチに腰を下ろす。缶コーヒーを投げるように持ち変えながら、時に頬に当てたりして、暖を取る。

僕はさっきの初老の男性の話を思い返していた。

『マクリーンは、これが俺だ!って感じでそこに留まっていないからね』

アートペッパーも以前、そんなような事を言っていた。

『ーーー「これが彼のプレイのやり方だ」というように、何年経っても代わりばえのしないことばっかりやってるようでは何も進歩がない。これでは自分というものが存在しなくなるわけで、もしそうなってしまったら、いっそのことジャズをやめてしまうでしょう。私は常に「現在」の自分をプレイしたいーーー』

僕は自分の目標を達成した。

だが僕がそれに満足してここに留まれば、この先に進む事はできないと言う事か・・・

せっかく目標を達成できたというのに、これでは安住の地など無いではないか。そんな風に思ってしまうが、それが人生というものだろう。

僕は前を向いた。

目標を達成した僕だからこそ見えるその先の景色があるはずだ。それを信じて、「現在」の自分をプレイしていこう。

そんな風に考えていると、何かしら少し吹っ切れたような気持ちになった。師走の澄みわたった青空を見上げる。

神戸の空はいつも僕の心を解き放ってくれるようだ。

ーーー 帰りの電車。

僕は、車窓にうつる須磨の海を眺めながら小曽根真さんの「REBORN」を聴いていた。

2009年。大失敗をしたあの日、僕は小曽根真さんの「REBORN」を聴きながら、まだ明確ではない行先を見つめ、一歩一歩自分らしく自分の道を歩いていこうと誓った。

日はまた昇る、と信じて。

そして今また「REBORN」を聴きながら人生を想う。人生なんてその繰り返しなのかもしれない。

ワイフや息子たちの顔が浮かぶ。

さぁ、もう一度ここからはじめよう。


第99話(最終話)につづく・・・




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