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第59話 支えられて

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2013年4月。

いつものようにピアホテルの深夜バイトが終わり、自転車で帰路に就く。今日は桜の香りに誘われて、姫路城沿いの道を選んだ。満開であった。

大手前公園の脇に自転車をとめ、通りに面したベンチに腰掛ける。僕はしばらくそんな満開の桜を眺めた。こんな風に桜を見てキレイだと思えるようになった自分に少しホッとする。ここ数年、下ばかり向いて歩いてきたが、僕のメンタルも少しずつ回復へと向かっているように思えた。

桜の花に心癒されながら缶コーヒーを飲んでいると、電話が鳴った。姫路銀行の青野さんからだ。

「中道さん、おはよう!今日は姫路に出てくる予定あります?」

「いや、今日は自宅で仕事する予定です。今は大手前公園でコーヒー飲んでますよ(笑)」

「そうなんですか。ホテルのバイト終わりなんですね。それはお疲れ様です。じゃ、今から会えます?」

「いいですよ。ジャージで汚い恰好ですけど」

飲み終えた缶コーヒーを公衆便所横の自販機のごみ箱に投げ入れ、僕は自転車で姫路銀行へ向かった。

「融資金額の事なんですけど、中道さんが希望されてた満額の200万円で審査に出せるようになりました。どうします?」

「そうですか・・・。うーん」

僕はしばらく考えた。

(借りれるのはありがたいけど、借りたものは返さなければいけない。あまりに無謀な冒険は、あとあと自分の首をしめるだけだろう・・・)

「今回借りると返済が2口になるでしょ。それがキツイかなと思うんです。まぁでも、お金は要るし・・・、今回は100万円でお願いできますか?」

「わかりました。いいですよ。では保証協会の面接なんですけど、都合のいい日あります?早い方がいいですよね」

「僕の方は、今日でもいいし、明日でも、明後日でも大丈夫ですよ」

目の前で青野さんが保証協会へ確認の電話をすると、先方も今日が空いてるという事になり、急遽今日の午後に保証協会の面接が決まった。

一度帰宅して2時間ほど仮眠をした。午後になり、面接だからと一応それなりのスーツに着替え、必要書類を確認し、保証協会へと向かった。

保証協会の応接室で待っていると、見慣れた顔が現れた。

「中道さん、ご無沙汰してます」

彼の浅黒く短髪で精悍な顔立ちは、保証協会には似つかわしくない。アウトドアのスポーツ用品でも販売している方が余程似合っているように思える。そんな彼と会ったのはオードリーウェディングを法人化した時だから、もう何年にもなる。久しぶりの再会であった。

「中道さん、色々大変でしたね。これまでの事情は青野さんから聞きました。でも今回スウィートブライドを立ち上げたというのを聞いて僕も嬉しかったですし、青野さんもとても喜んでいましたよ」

「いやいや・・・。僕が悪いので自業自得です。全て失っちゃいましたが、色んな人の支えがあって、またこうしてスタートラインに立たせていただいた事には感謝しています」

「久しぶりに中道さんの顔見たけど、オーラは昔のままですよ。全然変わってない!頑張ってくださいね」

面接と聞いていたから少し身構えていたが、ただの旧友との懐かしい再開のような感じになった。ただ、ブライダルプロデュースという事業形態は、何度聞いてもわかりにくいようで、それについては簡単な質疑応答を繰り返した。

税務における書類でもブライダルプロデュースという項目は無く、僕自身もいつも悩んでいる。結局、サービス業という事にしているが、そもそも区分の無い業種を僕は生業にしているんだと公的な局面ではいつも実感させられる。

「人の幸せを創る素敵な仕事ですね」と、よく言われるが、実際はこの国の職種として明確な項目は無い。そういう仕事なのである。時折、プランナー資格1級とか名刺に書いている人を見かけるが、そんなものはこの世に存在しないし、そんなもの書かない方がいい。この仕事は資格が無いからこそ、美しい仕事であり、価値のあるものなんだと思っている。

こうして無事に保証協会の面接も終わり、銀行からの融資は今月4月末の実行で決まった。

保証協会の面接が案外と早く終わったので、フレンチレストラン「グランメゾン」に立ち寄った。ちょうどランチタイムの終わる時間だった。

グランメゾンに立ち寄ったのは、水木支配人にサロン出店の報告をするためであった。

「色々悩みましたが、あの場所にサロンを出店する運命にあったようです。やるからには頑張りますので、よろしくお願いします」

「それは本当に良かったです。あそこいい場所だし。中道さんの復活の場所として最高じゃないですか。応援しています。私にできる事があったら何でも言ってください」

「そもそも支配人から声かけてもらわないと、あの物件は無かった訳ですから、本当に感謝しています。正直なところ資金繰りは大変なんですけど、勢いでやるしかないですね。ハハハ・・・」

その僕の言葉を聞いた支配人は、少し思案されてからこんな提案を投げかけてきた。

「出店するとなると、月々の家賃の他に保証金とか礼金とか最初にかかる費用があるでしょ?それをうちで出資させて下さい。私からの開店祝いとして」

とてもありがたい申し出であった。
ただ、僕は以前に金銭のトラブルで全てを失っている経緯があるので、第三者と出資等のやりとりをする事はトラウマになっていた。

「支配人、ありがとうございます。お気持ちだけ頂いておきます。もう出資とか融資とかは、こりごりで・・・」

僕はそう言って、支配人に頭を下げた。

「それでしたら、お貸ししますよ。無利子で返済してくれれば。それならいいんじゃないですか?」

神の声のようだった。

僕は支配人のその言葉に甘える事にした。返済についても「無期限で僕が払える時に」と。銀行からの融資だけではまかないきれそうになかったので、支配人には感謝しかなかった。

レストランウェディングを1件でも多く売る。僕にできる支配人への恩返しはそれだけのように思った。

2013年の春。

姫路城の桜の開花とともに、スウィートブライドの新しい蕾も芽をだそうとしていた。


第60話につづく・・・


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