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第88話 自由な結婚式

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2016年11月。

書写寺の結婚式。
この日は、僕にとって転機となる結婚式となった。

書写寺の結婚式は、本堂での仏前式、そして国指定重要文化財での精進料理の披露宴と、終始、日本の風情を堪能していただける一日となっている。ここにしかない唯一無二の世界観である。

それ故に、ホテルや専門式場の披露宴会場のような設備はいっさい無い。もちろん、司会者や音響なども無い訳で、僕という世話好きのおっちゃんが、右往左往しながら声を張り上げ、式から披露宴までの全ての進行を執り行っている。決まった進行の流れはあるが、あくまでも当日のお客様の空気を最優先して進めていくスタイルである。

僕のモットーは「自由な結婚式」だ。

結婚式は着飾った晴れの舞台ではあるが、書写寺の場合は親族中心の結婚式なので、型にはまらないご両家らしい空気を大切にして欲しいと考えている。

「やらされ感」を極力省き、お客様が自分の意思で行動できるような環境を作る事が僕の命題であった。

僕が「次はこちらでございます!」と指示をしなくても、ゲストが自然と流れていくのが理想的だと考えていた。僕たちが仕切るのではなく、お客様の世界観の中に僕たちスタッフが寄り添っていくようなイメージだ。

この日のゲストは親族のみで26名。
性格が真逆のご両家であったから、ひとつに交われるのかどうか不安に思っていた。新郎家はおとなしく、皆さん真面目を絵に描いたような方ばかり。一方新婦家は叔母様方女性陣が中心で、明るくて賑やか。関西のノリである。

しかしいざスタートすると、それぞれのご両家の良さがでていて僕の不安も少し和らいだ。僕自身も親族の輪の中に入り、1人1人と会話をしながら空気感を探っていたが、本当にうまく調和しているように感じた。

(なぜ、これだけ相反するご両家がうまく調和しているように感じるのだろう・・・)

僕は輪の外から、しばらく俯瞰でご両家の様子を眺める。今回のご両家も、僕は前日までに何度もお会いして親交を深めていた。だからご両家のお父さんやお母さん、お姉さんたちの性格や空気感はよくわかっているつもりだ。

特に変わった様子は見られない。

(あ!)

僕はそこで気付いた。
変わった様子が見られないという事は、素の自分たちがでているという事だ。はしゃぐ人たちは普段通りはしゃぎ、物静かな人たちは普段通り物静かなのである。それぞれが無理をしていない。

書写寺を自分の家のように過ごしているのである。

(なるほど、そういう事か・・・)

僕はあえて仕切る事をやめた。少しでも普段通りに居てもらおう。しばらくすると、ワイフが僕の元にやってくる。

「花嫁さん、仕上がったよ」

新郎新婦の控室に行くと、奥から鷲尾響子の元気な声が聞こえ、高梨先生の介添えで花嫁が部屋から出てきた。鶴をあしらった真っ白な白無垢。ヘア飾りは白い胡蝶蘭。とても可愛い花嫁だ。僕は親族の控室に行く。

「皆さん、花嫁さん仕上がりましたよ!とっても可愛いですよ~」

「おぉぉ・・・」

「わぁ!かわいい!」

その場は一瞬で芸能人の囲み取材のようになる。
スケジュール的には、このまますぐに縁側で型物撮影を開始したいところだが、僕は皆さんの空気を大切にし、あえて進行をずらした。

賑やかな新婦家の親族が花嫁を取り囲み、すぐにスマホでの撮影会になる。そして、それを少し遠巻きに楽しそうに新郎家の親族が見ている。そんな情景であった。

スマホの撮影会は延々に終わる様子はないが、僕はそれでもあえて進行をせかす事はやめた。そして僕たちスタッフも焦る事なく、逆にその時間を一緒に楽しんでいた。

やがてスマホ撮影もひと段落し、新郎新婦は縁側へ。ようやく予定していた型物撮影がスタートする。スケジュール的にすでに10分ほどおしていた。

スタッフもそれについてはわかっているので、各々次の動きを想定した中で今やるべき事をしている。流すところは流し、急ぐところは急ぐ。このチームはそのあたりの強弱がしっかりとできていた。

縁側での新郎新婦お披露目撮影会が終わり、新郎新婦は別の撮影場所へ移動。親族は挙式会場である本堂へ移動。ここでカメラマンの大原翔とアシスタントの大原希美のコンビネーション技が発動する。次の撮影場所での予定のポーズとカットを撮り終えた時には、おしていた時間は正常に修復されていた。この2人の時短感覚は本当に素晴らしい。

ロケーション撮影が終わり、新郎新婦も親族の待つ本堂へ。

挙式までの間、この本堂の舞台にて家族単位の撮影を行う。しかしここでも、新郎新婦が本堂に到着するなり、われ先にと自然と家族撮影がスタートした。僕はいっさい仕切っていない。この日は完全に親族任せの進行になりそうだ。

ただ、ここで問題が生じる。
新郎家のお母様が大の写真嫌いで、写真を撮られたくないと言うのだ。しかし、ご両家ご両親と新郎新婦6名が揃った写真というのは、残しておきたいだろう。そうは思ったが、僕はお母様の意思を尊重する事にした。一応、新郎新婦、新郎のお父様にはお話をし、双方納得いただいた。

普通ならば、なんだかんだと理由をつけて無理矢理にでもお母様が入った家族写真を撮ろうとするだろう。後日納品する写真データにその1枚があると無いとでは大きな違いがあるものだから。

でも、それは納品する運営サイドの考え方。

一生に一回しかない晴れの日に、何かを「削除する」というのは自殺行為に等しい。もうその時間は戻ってこない取返しのつかない時間になるのだ。だから僕たちブライダル会社は、冒険はせず無難にいこうとする。そして結果的に、全てを金太郎飴のようにしてしまうのである。

僕にも当然そういう式場的な考え方はベースにある。だから、お母様の写真を撮らないというのは、僕的にも大冒険であった。

でもそこをあえてそうする事で見えてくるものがある。気が付けば、写真嫌いのお母様が自らスマホを手に取り、親族と新郎新婦の写真を楽しそうに撮っている。「はい、次はじゃあなた入ってぇ~」と、仕切っているのだ。本当に楽しそうなお母様。

世の中、何が正解かなんてわからないものだ。
僕達が正解と思っているものが、その人には間違いであったりもする。そういう部分は本当に難しい。

ただ言えるのは、僕の今しているプロデュースの形がそういう域に達してきているという事だ。

ゲストひとりひとりが楽しむ結婚式。
それを実現するためには、ブライダルの常識を破壊しなければいけない。でも僕は、「どう破壊すればいいのか!」と、いう事をだんだんとわかり始めていた。

そういう意味で、この日の結婚式は僕に大きな勇気を与えてくれた転機となる結婚式となった。

旧態依然を変えようと思うと、勇気が必要だ。

勇気=チェンジなのである。


第89話につづく・・・

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