見出し画像

第95話 奇跡の結婚式

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2017年9月。

「皆さーん!花嫁さん仕上がりましたよ!」

壽妙院の縁側で歓声があがる。
今日は、書写寺での結婚式。新郎新婦の着付けが仕上がり、今から縁側にてお披露目撮影会だ。

今日のゲストは親族のみ。ご両家で20名。

新郎家は、離婚されているお母様も出席されている。そのため僕は当日までお父様とお母様の関係性を不安視していたが、お母様と会った途端そんな不安はすぐに解消された。

新婦家はお父様はおらずお母様だけ。愛情溢れる素敵なお母様だ。そして、叔母様や従妹など明るい性格の親族ばかり。

僕は何の指示をする事もなく、そんな明るい叔母様たちと一緒に笑い合っていた。お披露目だけで特別な演出がある訳ではないのだが、皆の心から楽しんでいる笑顔を見ていると、それだけで十分なように思えた。

これだけ明るい親族の場合は、ここでのお披露目の時間が盛り上がって延びてしまうもの。早く切り上げないと次のスケジュールに支障が出てくるのだが、僕はあえてゲストの空気に任せる。

超イレギュラーではあるが、次に予定しているロケーション撮影を省いてでも、ここでの時間を優先させよう。そんな風に思うくらい、素敵な時間が流れていた。

結果的に、皆の空気が少しゆるんだところを見計らって、通常のスケジュールに戻していった。ただ、僕がこんな荒技を駆使できるのは、カメラマンの大原翔と大原希美がいるからである。ここからは彼らの時短能力を最大限に発揮してもらうのだ。

結婚式の進行は、メリハリなのである。

ゆったりする時間と早める時間のバランスだ。山内を移動してのロケーション撮影が終わり新郎新婦が本堂に到着した頃には、見事にオンタイムに修正されていた。

いつもは本堂の舞台に上がって家族撮影をするが、この日は舞台よりもこの広場の木陰の方が涼しく感じたので、ここで家族撮影をする事にした。たっぷりと家族撮影を満喫し、一行は本堂へ。そして、入場までの時間を利用して本堂の舞台にて新郎新婦のイメージ撮影をしていると、パラパラと見学の友人が到着してきた。

「おめでとーー!」

「わぁ!きれいーー!」

友人たちに囲まれる新郎新婦。
ここからしばらくはフリータイムにしてあげよう。

美容師とカメラマンを友人と談笑する新郎新婦の横に残し、僕は親族の輪の中へ。初めて書写寺に来たという人も多く、親族からの色んな質問に答えていく。お寺の魅力を伝える事も、僕の大切な役割のひとつなのだ。

11時45分。

挙式の15分前。
僕は列席者名簿を読み上げる。まずは親族が内陣へ入堂だ。そして、書写寺の僧侶から結婚式の説明を受けていただくのだ。

僧侶に親族を引き渡し、僕は舞台袖へ。

新婦に綿帽子をセットする時間だ。僕が舞台袖に着いた頃には、すでに美容の熊谷美穂と着付けの高梨奈美子が新婦の頭に綿帽子をセットしているところであった。

奥の扉が開き、住職が所定の位置に着座する。

「住職、今日もよろしくお願いします!」

僕は住職に頭を下げ、少し今日の新郎新婦の説明をする。住職が登場するだけで、緊張感が高まり、あたりの空気も一変する。

「ジャーン、ジャーン」

開始を告げる銅鑼が鳴った。

今日の本堂は観光客が多い。僕は急いで住職と新郎新婦が通る道を確保するため外陣に向かうと、すでにワイフが交通整理をした後であった。キレイに道が作られている。そして舞台の奥では、入堂シーンを撮影する大原翔がカメラを構えて待機していた。少数精鋭のスタッフに任せておけば、僕が何もしなくてもこの通りなのである。

おりんの音と祝祷唄が山内にこだまする。

いよいよ入堂だ。
僕は柱時計を見る。12時。

(ふぅ・・・、ピッタリだ・・・)

この時点で、朝から張りつめていた気持ちが一度落ち着く。今から仏前式が終わるまでの45分間が、唯一僕の手から新郎新婦とゲストが離れる時間でもあるのだ。

朝の準備から結婚式が始まるまでが僕にとっての前半戦。8時45分の美容着付け開始時間と12時の結婚式開始時間は絶対変える事はできない。僕に与えられた時間は、その間の3時間。この時間をどう過ごすか。そこにプロデュース会社の色がでる。

プロ野球では「尻上がりに調子がでる」なんて言葉があるが、結婚式でそれはご法度だ。初回からマックスでいかなければいけない。

ロープウェイで上がって来た時の高揚感、新郎新婦お披露目のわくわく感、書写寺ならではの絶景のロケーション撮影など、書写寺の結婚式では前半戦にいくつかの感動ポイントを作っている。

僕が持論にしている「ボリュームゾーン」というやつだ。

僕はこの「ボリュームゾーン」を作る事で、一日のメリハリをつけている。ただこれは、ゲストの性格や空気感によって変わってくるもので、そこの見極めがその後の進行に大きく左右されていく。

僕のそういった前半戦の動きは、仏前式という当日最大の「ボリュームゾーン」に向けての布石となる。だから、最大のボリュームゾーンである仏前式に新郎新婦を入堂させるまでが僕にとっての勝負なのである。

今日のゲストは明るくてやんちゃで、進行的には極めてイレギュラーであるのだが、それに反してここまで至ってスムーズである。「集合と分散」という結婚式に大切な要素がとてもうまく機能しているようで、僕の中では新たなプロデュースの境地が見え隠れしているような、そんな不思議な感覚を持つ日であった。

内陣にて仏前式が始まると、僕とワイフは本堂前の広場に集合写真用のひな壇をセットしなければならない。婚礼の設備が整っていないところでは、毎回が重労働なのである。

12時45分。

仏前式が終わると、まずは舞台にて折鶴シャワー。今日のゲストらしい楽しい折鶴シャワーであった。そして本堂前の広場にて集合写真。まず親族集合を撮り、その後、来てくれた友人たちとの集合写真も撮ってあげた。

ここからしばらくは新郎新婦と友人のフリータイム。披露宴に出席しない友人とはここでお別れになるので、このフリータイムはとても大切な時間である。本来であれば、披露宴に向けて新郎新婦を早めに控室に誘導し、着崩れを直したり、メイクを直したりしたいところだが、そんな事よりもわざわざ来てくれた友人のケアの方が大事だというのが僕の考え方だ。

そうする事により披露宴開始が少し遅れる事になるが、それは仕方のない事なのである。

13時40分。

本堂から壽妙院へ移動し、10分遅れで披露宴がはじまる。

ミシュランひとつ星の精進料理。本堂での仏前式に勝るとも劣らない「ボリュームゾーン」である。畳の上で正座で食べる披露宴スタイルは珍しいだろう。まさに日本の原風景である。

新婦は白無垢から色打掛に着替え、ゲストひとりひとりと向き合い、話をする。壽妙院での披露宴は、新郎新婦が高砂席に座っている時間はほとんど無い。常にゲストとともに時間を過ごしているのだ。

2人が高砂にいないという事は、ゲストにとっては2人とゆっくり会話ができる楽しい時間であるが、新婦にとっては肝心の精進料理がほとんど食べれないという事態になる。だが、これについては我慢いただく他ないのである。

しばらくすると、高砂の金屏風前で家族フォトがはじまった。僕が指示をしたものではない。ゲストの自発的行動によるものだ。これにより会場内に動きがでてきて、自由な空気になる。

14時50分。

ご飯ものが出終わったところで、縁側にお抹茶と羊羹を準備する。スタッフが並べ始めると、その匂いにつられてか、1人また1人と縁側に出てこられる。会場の中でまだ食べてる人、縁側で日本庭園を見ながら会話をしている人・・・、それぞれが自由な時間を過ごしている。

僕はそっと新郎新婦を縁側へ誘導する。

すると、新郎新婦につられるように、会場内に残っていた人たちも縁側にでてくる。そして再び縁側にて新郎新婦とのスマホ撮影会が始まる。そんな撮影会の様子を遠くから望遠で大原翔がおさえる。

15時10分。

羊羹も食べ終わり、全体の空気の流れが少し止まったところで、僕が新郎新婦をそっと促す。ゲストはばらばらで好きなところに座って、庭園を眺めてゆったりしている。その中央に新郎新婦を立たせる。

新婦の手紙の時間だ。

セミの鳴き声が響く夏の午後・・・、
その鳴き声がBGMになり、新婦の朗読が始まる。

最初しっかりとした口調で話す新婦。そしてだんだんとその声は涙で途切れ途切れに・・・。その手紙には、育ててくれたお母様への感謝の想いがあふれんばかりに詰まっていた。

涙を流すお母様の表情を大原翔が追う。

叔母様も従妹も、皆、涙でいっぱいだ。僕も思わず涙が伝染する。柱の隅では、ワイフが親御さんに贈呈する記念品の準備をしていた。

手紙が終わり、その余韻の中、記念品の贈呈。

抱き合う親子。
ゲストからは拍手とあたたかい歓声。

いい瞬間である。

この後、新郎のお父様より謝辞があり、最後は新郎のあいさつ。そして、ゲストも全員起立をして、一丁締めとなる。一丁締めの発声は、新婦のお兄さんにお願いをしていた。

(さぁ、どうしよう・・・)

おそらく、このお兄さんが仕切れば、盛り上がる楽しい一丁締めになるだろう。そうなると、花道を作って「退場ーー!」と、元気に新郎新婦を送り出す方がいいのではないか・・・。でも、朝からここまで自由な演出をしてきて、最後にありきたりの指示をしていいものか・・・。

本来、この人数であれば花道を作りキチッと収める方がベストである。大人数を放置すると、自由の裏返しでグダグダになる恐れもあるから。

新婦のお兄さんが一丁締めの発声のために、新郎新婦のもとへ歩み寄る。

僕はもう一度、親族ひとりひとりの顔を見る。皆、涙の混ざった素晴らしい笑顔をしていた。

(よし、最後はグダグダでいこう!)

そう決めた僕は、出口付近で引出物を準備して待機しているであろうワイフの方を振り返る。

「ん?」

ワイフの姿が見えない。

すると右目の端に動く人影がうつった。ワイフだ。
すでにワイフは出口付近から一丁締めをする中央付近に引出物を移動させているところであった。

僕はすぐにワイフの元に行く。

「退場無しにするの、よくわかったな」

「うん。なんとなく私もそう思ったから、たぶん貴方もそう考えるんだろうなぁと思ってね」

新婦のお兄さんが新郎新婦の隣に立ち、号令をかける。

「皆さんお手を拝借!よぉ~~!」

「パン!」

「おめでとーーーー!」

皆から歓声があがる。
すぐにワイフが新郎新婦に引出物を手渡す。新郎新婦はその場でひとりひとりにお礼を言いながら引出物やプチギフトを配っていく。

退場やおひらきが無い分、とても自由でいい。
すぐにゲストが新郎新婦を取り囲み始める。再び、恒例のスマホ撮影会に突入だ。

(果たして解散するのだろうか(笑))

僕はしばらく微笑ましくその光景を見守る。

しばらくして、皆の空気が少し途切れたのを見計らい、僕は新郎新婦とゲストの輪の中に入っていく。

「皆様、本日は本当におめでとうございました!」

「中道さん、今日はありがとう~!」

ゲストから僕に労いの声がかかる。
そんなゲストの皆様にお辞儀をしたその瞬間、僕の全身に鳥肌がたった。

そして、信じられない奇跡が起こった。

天からキラキラした光が目の前にスーッと降りてきたのだ。その光はやがてサークルのような大きな円になった。僕はその光の円の中央にスキージャンパーがテレマーク姿勢をとるような感じで、ストーンと着地をした。

(届いたぁ・・・・・)

僕は腰が砕けたようにその場に座りこんだ。

(本当に届いたんだ・・・・)

それは、僕が目指していたブライダルプロデュースの理想の到達点。ずっと心に思い描いていて、ひたすらに追いかけていたあの理想郷だった。

鳥肌がとまらない。

その天から降りてきた大きな光は、僕がこれまで生きてきた辛く苦しかった道を照らしてくれているようであった。

人生は死ぬまで勉強で、ゴールは無いんだと思ってた。

でもこれは、「ゴール」という感覚以外の何物でもなかった。まさか自分がゴールするなんて思ってもみなかったから、その急な出来事を僕はすぐに受け入れられず、信じられない気持ちでそこに座りこんでいた。

(本当に届いたんだよな・・・)

僕は繰り返し、そうつぶやいていた。

僕が本当にやりたかった結婚式の本質。業界からバッシングされても貫いた哲学。そして頑なに理想を追い求めた美学。それの答えがようやく今日見えたのだ。

スウィートブライドを作ってよかった。

その時、心からそう思った。

そして僕は、これまで「ブライダルプロデューサー」としてブライダル業界の仕事に従事してきたが、これでようやく「ウェディングプランナー」になれた気がした。

Dream Come True

夢が叶った瞬間であった。


第96話につづく・・・


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?