見出し画像

第76話 書写寺の前日

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2014年3月31日。

書写寺で初めての結婚式の前日。

何もかもが初めてだから、色んな事が追い付いていかない状態であった。書写寺は、広大な敷地に点在する伽藍、一般の参拝客の流れ、山内を走るマイクロバス・・・、あらゆる事が下界にある神社に比べスケールが大きすぎて、戸惑う事ばかりであった。

30名のゲストのもてなしをどうするか、集団移動をどう誘導すればスムーズにいくのか、細かな事を考えていくと、目まいがしそうだ。

結婚式だけで終わるのならまだいいが、式後に新郎新婦とゲストの皆でロープウェイで下山し、姫路駅前のグランメゾンまで移動しなくてはいけない。大移動である。そして本格的な披露宴がそこからスタートになるのである。ゲストにそんなハードな一日を気分良く過ごしていただくためには、かなりの気配りが必要であった。

前日の今日、午前中はグランメゾンで前日準備をしていた。引出物の袋詰め、ウェルカムボードやウェルカムスペースに置くアイテムの確認、席札席次表の確認、受付スペースの準備、キャンドルの準備、プロフィールムービーの確認など細かな作業がいっぱいだ。11時くらいに新郎新婦もグランメゾンに到着し、明日の披露宴の進行確認をする。

2人の少し緊張した顔を見てると、僕の方も絶対にミスができないというプレッシャーに襲われる。

書写寺の結婚式で2人が読む「誓いの言葉」も書いてきていた。書写寺では、あらかじめ用意された定形文ではなく、2人が書いた言葉を読み上げるのだ。2人が一生懸命に書いた「誓いの言葉」に目を通していると、2人の夢や希望が感じられ、ますます重圧がのしかかってくるようであった。

「明日はいい一日にしようね!」

そう言って新郎新婦と別れた僕は、伊勢屋で明日の衣裳である白無垢と紋付を預かり、書写寺へ向かった。控室を利用するのが初めてという事もあり、昨日の内に控室の準備はほぼ済ませていたので、前日の今日は衣裳を持ち込むくらいであった。

15時。前日準備は完了。
本堂に行くと、内陣ではすでに明日の結婚式の準備がされていた。凛としたその静寂な空気の中にセットされている祭壇を見ると、涙があふれてきた。

(本当にここまでたどり着いたんだな・・・)

僕は、観音様に手を合わせた。

「観音様、いよいよ明日になりました。これまでありがとうございました。明日の新郎新婦はとっても真面目でステキな2人です。どうか護ってやってください」

2009年に全てを失ってから5年。僕はようやく人生の一歩目を踏み出すような、そんな気持ちでいた。

帰宅した僕は、すぐに朝比奈敬子にメールをした。

『明日、よろしくお願いします。書写寺にバタバタしててご迷惑かけますが・・・』

『こちらこそよろしくお願い致します。栄えあるスウィートブライド初の書写寺のお式を私もあやかりたいと、只今、書写寺の本堂におります。有難いことです。これより下山します』

え!僕はビックリした。
朝比奈さんがわざわざ書写寺に上がってきてくれていた事に驚くとともに、朝比奈さんのその心意気に感謝の気持ちでいっぱいになった。まさに一心同体なのである。

『またぁ~もぉ。泣けるような事しないでくださいよぉ。明日の書写寺は50%は出たとこ勝負なんです。チームメンバーそれぞれが侍じゃないとうまくいかないかな。そんなハードな状況の中で、どれだけ仕事を楽しめるメンバーかどうか・・・。そこに尽きるように思います。僕は、思いっきり楽しんできます!たぶん皆疲れ果ててグランメゾンに戻ってくると思うので、披露宴はよろしくお願いします』

『先日の打合せで花嫁様が、「あとは中道さんにぜーんぶお任せしてるんです♡」と、とても嬉しそうにお話しでした。グランメゾンでは、ど~んと愛を込めて、お疲れの皆様をお待ちしております。どうかお気をつけて!』

ーーー 翌日。2014年4月1日。

早朝7時。
ロープウェイの駐車場でチームスタッフと合流する。結局、美容師はオードリーウェディング時代にお世話になっていた先生にお願いする事にした。僕との神社挙式でのコンビ実績は長く、一番気ごころの知れた先生である。

初めての場所での結婚式はチームの連携ミスが命取りになる。僕からの明確な指示が無くても、僕の意思を組んで臨機応変に一歩先を予測して動いてくれるスタッフでないとスムーズにいかないものだ。

新しいフレッシュなチームでいきたいという想いもあったが、それよりも結婚式当日の無事を考えて、安心で無難な布陣で挑むことにした。

そして、何と言っても今日の一番の心の支えは、ワイフがいる事。

カウスボレアーリス時代には手伝ってくれていたが、オードリーウェディングになってからは、僕の仕事に全く興味を示さなくなった。そのワイフが今日は自ら率先して手伝ってくれる事になった。おそらくオードリーウェディング時代では一生無かった事だろう。そう思うと、あの失敗は価値ある失敗だったと言えるのかもしれない。

オードリーウェディング時代の僕の仕事のやり方をワイフは評価していなかった。当時の僕は、知名度や、人脈や、成功や、戦略や、そんな事ばかり考えていたし、そんな事ばかり語っていたんだと思う。

でもスウィートブライドでは真摯にお客様と向き合うようになった。そういう仕事に対する僕の心の変化をワイフは横で見ていて感じていたのだろう。だから、今日手伝うと言ってくれたのだと思う。

本当に、今日が色んな意味でのスタートになっているように思うのだ。

ロープウェイの駐車場から、お山を見上げる。
そこには、雲ひとつない青空が広がっていた。


第77話につづく・・・


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?