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【一首評】短歌同人誌「パンの耳」6号(後半)

短歌同人誌「パンの耳」6号、一首評の後半です。

されど人は砲声にも慣れ剝き出しの瓦礫の道を買物に行く
               松村正直「烏鷺の争い」

ロシアのウクライナ侵攻について真正面から詠んだ一連。
このことについて書かれた短歌はすでに多いと思うが、それでも詠まねば、という強い意思が感じられる。
この状況でもその町で暮らし、爆撃で瓦礫が山となった道を歩いて買い物に行く人々。
いつ爆弾が飛んでくるかもしれないのに、どうして、と思ってしまうのは、遠く離れた私の勝手な思いなのだろう。
そうせざるを得ない人、強い意識を持ってそうしている人もいるだろう。
タイトルの「烏鷺(うろ)の争い」は、黒いカラスと白いサギから、囲碁のことを指している、と今回初めて知った。
しかし、この一連の場合は、二つの国の対立構造を指して使われているのだろうと思う。

乗車前バスは車高を低くせり我より内緒の話聞くごと
               和田かな子「青きおむつの」

車体を傾けて、乗り降りしやすくしてくれるノンステップバスというものがある。
あの何とも言えないちょっとユーモラスな動きは、私もいつも気になっていたのだ。
作者はそれを「私の内緒話を聞いてくれるかのように」バスが低くなってくれると詠った。
とてもぴったりな描写だと思う。思わずバスに口を寄せてしまいそうだ。

潜みたる狂いすばやく消してゆく春のはじめに来る調律師
               岡野はるみ「木々のにおいの立ち込めていて」

ピアノの音の狂いを修正してくれる調律師。
「すばやく消してゆく」と表現され、まるで魔術師が来たようだ。
「春のはじめに来る」というのも、何だか意味深である。
そうやって世界中を回っているのかもしれない、などと思いを馳せてしまう。
「すばやく」「はじめに」がひらがなであるところも、歌にぴったりあっていると思う。

少年の頭蓋に数字犇いてとう骨の接ぎ目から洩れくる
               河村孝子「数学少年」

連作タイトルのとおり、一連で一人の少年について詠っており
その少年と数学が密接に関係するようだ。
数学を学んでいる少年か、はたまた少年の佇まいが数学っぽいのか
はっきりは読み取れなかったが、数学をロマンティックに捉えているようで、そこに惹かれた。
頭蓋に数字がひしめいて、骨のつぎめから洩れてくる、という描写は少し恐ろしく、独特の美意識を感じる。

寄せられて重なりあいて無縁墓は語り合うだろう夜になったら
               木村敦子「谷から丘」

戦災慰霊碑へ詣でた際の一連。
縁者のない墓が寄せ集められているのだろうか。
お墓参りをしてくれる人のいない者同士、夜に語り合っているのだろうかと考える主体。
「語り合うだろう」と言うことで、より孤独が迫ってくるように感じられる。
連作全体を通して、そこに眠る人々に心を寄せる主体が佇むようだ。

田植ゑ後は水を眺めて暮らすらしあの人の声受話器にありて
               乾醇子「たゆたひうかぶ」

友人からの電話だろうか。
田植えが終わったら、その水田を眺めて暮らしているだろう、友人。
毎年をそのように過ごしているのだろう。
主体は友人の声を聞き、その自然と共にあるような暮らし想像し、少し羨んでいるようにも思える。
声が「受話器にある」という表現がユニークで、何だか声が可視化されるようだ。

柩ごと焼かれてそして春の陽のなんてあかるいてのひらのうへ
               澄田広枝「曼珠沙華まで」

一連全体が苦しい挽歌ととった。
はっきりと書かれていないが、後の歌に「つながれしわが手幼く」と出てくるので、母親だろうか。
火葬で柩ごと焼かれ、骨となって掌の上に戻ってきた母親。
「焼かれてそして」と2句の途中にある接続詞や
「なんてあかるい」からずっと続くひらがななどに、とても複雑な思いが滲んでいる。
壮絶とも言える歌だが、一読覚えてしまう歌でもあり、非常に印象に残った。

連作以外に、各同人の方が選んだ「海のうた」、それにまつわるエッセイが収録されている。
これだけの人数の連作が揃うと壮観で、内容もたくさんのバリエーションがあり、次回も楽しみである。

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