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インフルエンサーでは人は動かない ー「ウェブはグループで進化する」を読んで

 先日投稿した「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」と併せて師匠から参考図書として教えていただいたのがこちらの「ウェブはグループで進化する」です。
トップ画は、ある駅の壁面バックに撮影してみました。
 この本はGoogle+とFacebookの開発者によって書かれたもの。2012年に和訳が発売されていますが、小手先のテクニックでなく太古の昔から人間が持つ本質的なソーシャルネットワーク(社会的ネットワーク)の話が書かれた本です。

人が影響を受けるのは、遠くの「インフルエンサー」より近くの「家族・友人」

 社会の中でごくわずかに存在する、大きな影響力を持つ人物に接触して彼らの考えを変えることができれば、何百人、何千人、時には何万人という単位で他の人々にも影響を与えることができるという「少数者の法則」から、極端な影響力を持つ「インフルエンサー」をマーケティング活動に起用するという発想の否定から始まります。

 PRの現場で例えば「マイクロインフルエンサー」(フォロワー1万人程度〜のインフルエンサー)はエンゲージメントが高いというような、それっぽい単語とそれっぽい理屈とともにインフルエンサーを起用するマーケティングが話題にあがることはよくありましたし、正直に打ち明けると私もそんな提案をしてしまったことがあります。

 この本では人のクチコミの起点は一緒に生活したり、働いたりしている「普通の人」に行動を左右されることが紹介されています。
インフルエンサーを探して起用するより、自社のブランドメッセージに共感してくれる人に目を向け、コミュニケーションをとることが大事という内容がその後丁寧にデータや論拠とともに説明されていきます。

何千年にもわたり維持されてきた人を取りまくソーシャルネットワークの構造

 私たちが行うコミュニケーションの80%は、5人から10人程度の親しい友人たちとの間で生まれていること。
この強い絆が私たちの思考や行動に非常に大きな影響力を持っているそう。
また逆にそれほどコミュニケーションが発生しない弱い絆は、強い絆より優れた情報源になることが多いんだとか。

ひとりの人が抱えているソーシャルネットワークは
・「最も親しい人々」が集まった多くて5人ほどのグループ
・次に「ある程度強い絆」がある12〜15人のグループ
・次に「定期的に会う機会がある」ような50人ほどのグループ、近況もほぼわかる
・その外側に150人程度のグループ この150人が安定的な関係を築ける限界
・その次に500人ほどの人々の「友人の友人」や、「たまにしか会わない人」、「最近知り合ったばかりの人」という知り合いでありながら関係の薄い人
・500人以上の人と出会うことはできても、500人を超えると名前を覚えておくことができなくなるそう。(失礼ながら、自分にも思い当たる節あり)

 また人は成長段階、趣味、共通の体験に応じて一人の人が「家族」「学校」「住んだ土地」「仕事」「趣味」などメンバーが10人未満のおおよそ4〜6つのグループに属していて、このグループ間でメンバーがかぶっていることはほとんどないんだとか。そしてグループ間で人種、収入、学歴といった要素の差が大きいとグループ間で情報が共有されることが難しいんだそう。
「ソーシャルウェブの登場により、多種多様な人々と交流することが可能になった」という考えを抱きがちなことについても、実際は「ホモフィリー(同類を好む傾向)」によって自分に似た人々としか交流していないと書かれています。類は友を呼ぶですね。
(脱線しますが、高度経済成長期の一億総中流社会のような幻想が崩れ、そこら中で分断が見えるようになっているだけに、たまたま生まれおちた環境や育った環境によって異なる価値観を生き、交わることがなく互いに見えていないというのは地方出身で東京で仕事をしながら時々モヤっとすることがある部分だったりもします。)

 自分の友人を6人たどると、例えばアメリカ大統領にもつながるという話(6次の隔たり)は大学時代に「ネットワーク理論」という講義で聞いたことがあり、印象的で頭に残っていました。(大統領までどうやってつながるんだろう?と妄想した記憶、笑。)
実際には、つながりを3回たどった地点にいる「友人の友人の友人」までが私たちに影響を与えるのだそう。

 何らかのメッセージが伝わるためには、グループとグループをつなぐ人物を経由する必要があり、メッセージが広く拡散されるにはこうした一般の人々に情報をシェアされる必要があるということから、重要なのは大きな影響力を持つ人物かなど個人の性質より、このソーシャルネットワーク構造が大事ということが紹介されています。

他人よりも影響力を持つ人物が存在するのは確かだが、彼らの数は私たちが考えるよりもずっと少なく、見つけるのは非常に困難でコストもかかる。
最も声が大きく、最も目立つ人物がインフルエンサーであるとは限らない。つながりの多い人物が、平均的な人々よりも情報拡散の起点になりやすかったとしても、彼らがそれに成功する確率は状況によって大きく変化し、安定していない。従ってインフルエンサーに頼るというのは、リスクが高く信頼度の低い戦略なのである。
(ポール・アダムス(2012),『ウェブはグループで進化する』日経BP p.127より)

無意識と感情をつかさどる脳が大半の決断を下す

 私たちの脳は自らの経験や認識をもとに世界を一定のパターンに当てはめます。
そして無意識の中でものの選択などをしているそうです。
 例えば周囲の特に自分に似た人々の行動をまねようとしたり、所属する社会や社会規範に影響を受けたり、他人から見られているとき過去の行動に従おうとしたり。この間記事に書いた「『アンコンシャス・バイアス』マネジメント」とも重なる部分だと思いました。

 また専門家のアドバイスを過大評価したり。これも期待を煽りすぎて期待を満たせないと長期的にブランドへの信頼を損なう可能性も紹介されています。
科学的根拠を元にしたPRで専門家に協力いただくことはよく行うことではあったものの、そもそもそれが適切な手法なのか?適切なタイミングかどうか?をちゃんと考えることが大事なんだと思いました。

この変化にどう対応するか?

 最後にこの本で紹介されたソーシャルウェブが過去1万年以上にわたって続いてきたソーシャルネットワークを土台にしていることから一時的な流行ではないこととともにこれからの変化を3つ紹介されています。

①ビジネスを人中心型へと移行することが必要不可欠になる
②新しい知識体系が求められるようになる

(1 人の社会行動、2 ネットワークの理解、3 人の思考回路)
③「独立した小規模な友人グループ」に焦点を当てる

 これまでの伝統的なPRの世界ではまだ下の文章のような雰囲気がかなりあると感じています。

私たちは情報がマスメディアからハブへと、そしてハブから一般大衆へと一方通行で流れるものと考えがちだ。しかしそれは、『世界がこう動いてくれたらいいのに』という願望に過ぎない。そう考えてしまうのは、そのほうが私たちの仕事がずっと楽になるからだ。
(ポール・アダムス(2012),『ウェブはグループで進化する』日経BP p.138より)

 妨害的なマスマーケティングのような一方的なメッセージや一方的な押し付けでは情報の海にいる人へ伝えるのが厳しい状況になってきているけど、まだマーケティングに関わる人もこの思考回路でいることが多いために、影響力があると思っているインフルエンサーから上から下へ一方的に伝えるとなりがちなんだなと改めて理解することができました。
根本的な考え方をまるっきり手放し、入れ換えないと難しいからこそ、今回2ヶ月物理的に仕事から離れて読書や新しい学びなどに時間を費やすサバティカル期間を過ごせたことはとてもよかった気がしています。

 人間とちゃんと向き合い、誠実なコミュニケーションを行っていく必要があること、そして自分はやっぱりそれをちゃんとできるようになりたいんだという頭の整理ができた夏の終わりの読書時間でした。

#読書 #本 #読書感想文 #マーケティング

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