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原点回帰・フラットでみんなが笑顔になれるマーケティングの世界へ ー「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」を読んで

 先週末、家族と海に出かけた際、浜辺で「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」を読みました。1960年代にアメリカ西海岸で生まれたバンド「グレイトフル・デッド」からマーケティングを学ぶという内容で、2011年に発売された書籍のコンパクトな文庫版が今年の4月に発売されています。

 学生時代にダンシング・ベア(デッド・ベア)のぬいぐるみをバンドの存在を知らずに持っていて、バンドの名前は知っていたものの、実は「グレイトフル・デッド」をよく知りませんでした。
今回、参考図書として尊敬する師に勧められ、この本を手に取りました。

「フラットなインターネット的な世界」は大好きな恩師が教えてくれたもの

 日本版出版の監修者 糸井重里さんのまえがきから始まるのですが、この本に書かれたエッセンスがまとめられています。

 西海岸のヒッピーくずれの、傍から見たらきっと文無しの集まりだったバンドが、いま世間で注目されている「最新型ビジネス」の秘密を明らかにしてくれるのです。
 グレイトフル・デッドは、40年以上前から、ファンのみんなに自分たちの音楽を無料で解放していました。ツアーの音楽は録音してコピーし放題。まさに「フリー」であり、「シェア」のはしりです。
 著作権だなんだといわずに、自分たちの作品を解放したら、たくさんのファンがついてくれて、コミュニティができて、仕事を手伝ってくれて、結果としてグレイトフル・デッドの音楽活動は、大きな市場になりました。
 とっくの昔、みんながそれを嘲笑していたかもしれない時代から、「彼らはそれをやっていた」のです。
(ブライアン・ハリガン+デイヴィット・ミーアマン・スコット(2011),『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』日経BP p.10 糸井重里さんのまえがきより)

 管理されて、コントロールされた一方向のメッセージがマーケティングの定石とされた時代に、牧歌的とも思われた手法がウェブの時代を先取りしているという面白さ。

この本は、まだ誰も描いていない、ウェブ時代のヒットの根本を描いています。
それは、アメリカ西海岸で生まれた「ヒッピー・カルチャー」です。もっと具体的に言えば、「ドラッグ・カルチャー」です。
たとえば、インターネット。たとえば、アップル。
どちらも、その根底にはヒッピー・カルチャー、ドラッグ・カルチャーがでんと座しています。
ドラッグ・カルチャーのポイントは何か?
それは、ありていに言えば「へらへらすること」・・・・・上昇志向を忘れることです。他人と比較することを止めることです。
かわりに、より気持ちよく、より楽しく、より仲良く、へらへらとやわらかくしている。
上へ上へ、の代わりに、横へ向こうへ前へ後へゆらりと動く。
もともとフラットな構造を持つインターネットも、まさにこの精神のたまものです。
(ブライアン・ハリガン+デイヴィット・ミーアマン・スコット(2011),『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』日経BP p.14 糸井重里さんのまえがきより)

 この部分を読んで思い出したのは、かなり個人的な話になるけれど、昨年の秋に亡くなったとてもお世話になった大好きな大学時代の恩師でした。
 先生は当時、スケボー文化と都市空間研究をしながら、インターネット黎明期の90年代半ばからウェブサイト構築のゼミを持っていました。一度見たら忘れないスキンヘッドにTシャツ姿に笑顔。受験生の頃に学部紹介ビデオで見た先生が強烈に印象に残っていました。
 縁があって社会学部に入学し、その後何か制作活動をしたい!そして、きっとこの先生は面白い人に違いない(失礼)!とゼミに入りました。(その後、ウェブサイトの制作活動で自分のできなさと何度も向き合うことになるのですが。)
先生はレゲエミュージックが好きで、長期休暇には一人バックパックを持って旅に出たりするような、フラットで多様性を愛する今まで出会ったことのないような大人でした。
「権威」を連想しがちな大学の教授というイメージといい意味でかけ離れた、本当にフラットを体現されている、ラブ&ピースに満ち溢れた先生。
そんな先生が就活時に私が放送局志望でかなり迷走していた時に貸してくれた本が「電波利権」というのも笑える思い出です。
 サイト制作活動と放送局を目指し悩む中で出会った「パブリック・リレーションズ」という概念。その当時「広告」に押し付け的なイメージを持っていたこともあり、広報・PRをしたいと思いPR業界に足を踏み入れました。
 そして12年「マス」寄りの中で実務をしてきて、また私にとって原点であるフラットな世界に戻っていくような感覚を最近とても感じています。

1960年代から今を先取りしていたグレイトフル・デッドのすごさ

 この本では、一つの章にひとつのテーマで、グレイトフル・デッドがいかにマーケティングのテクニックを先取りしていたのかを説明し、それを詳しく検証してから、現在その戦略を使っている企業の事例を紹介するという構成で進んでいきます。以下はそれぞれの章を読んでの私の感想です。

1 ユニークなビジネスモデルをつくろう
 グレイトフル・デッドはロックバンドの典型的なビジネスモデルの「基本通念」を変えることで、バンドとファンの両方が連鎖的に恩恵を受ける状況を生み出したという事例から、「他人とは違うビジネスモデルをあみ出す」ことの大切さが紹介されています。
 「ライバルは観察すべきだが、ライバルと同じことをしたくなる誘惑には、全力で逆らわなければならない。」
 対象がビジネスモデルでなく、人間でも短所に目をやり平均を目指すより、長所に磨きをかけ伸ばすという考え方と重なる気がしました。

2 忘れられない名前をつけよう
 企業イメージと対象とした市場に適切な印象的な名前をつけることの大事さが「グレイトフル・デッド」のバンド名の由来とともに紹介されています。

3 バラエティに富んだチームを作ろう
 このパートでは変化が激しい今日では、グレイトフル・デッドのようなユニークな才能を持った個人で構成された、多様性のあるマーケティングのチームが求められるという話が紹介されています。本の中ではビジネス上の経験だけに触れられていましたが、属性も様々な人がいる状態は特に広告制作で特定の視点が抜け落ちて炎上することが多い今を考えると大事な気がしています。
 本文では伝統的なマーケティング、広告、PRの分野でなく、SNSでの発信やコンテンツ制作に長けた人をチームに組むべきだというところは、まさに伝統的なPR業界出身の私には耳の痛い話でした。
古典的なPRの「成功体験」で止まらず成長し続けるために、人間らしいイベント作りを学ぶモデレーター&ファシリテーター講座に参加したり、SNS発信を再開したり、これから新しい分野に挑戦しようとしているんだと改めて感じるパートです。

4 ありのままの自分でいよう
 グレイトフル・デッドがライブでメンバーがミスすることがあってもファンが体験の一部として受け入れていたというエピソードとともに、透明性の高いSNSの時代に社員がSNSを活用することを奨励しようという話が紹介されています。
 「綿密に準備した告知や、プレスリリース、イベントなどでは会社の個性が隠れてしまう。これはよくない。」という箇所もまさに古典的なPR業務の中で規定演技として求められてきたもの。
ただこのロボットのような言葉づかいだけでは伝わりきらないことも感じたからこそ(ロボット的なプレスリリースなら、そのうちAIが作成できるようになりそうな気もするし)、もっと企業の人格を出すようなことにチャレンジしたいのだと思うパートでした。

5 「実験」を繰り返す
6 新しい技術を取り入れよう
 グレイトフル・デッドがいろんな音楽の形式とジャンルに挑んだこと、出来の悪い演奏をしたとしても、保守的になることなく、新しい試みを繰り返したこと。そしてライブの中で特別なサウンドシステムを取り入れたことが紹介されています。
 マーケティングの世界でも無駄にリスクを恐れ、保守的になったり、決定まで牛歩で進めたり、リスクを避けようとする場面は多いと自分の過去の経験からも感じます。
だけど失敗を「避けなければならないもの」でなく、どんどん新しいことに挑戦して、失敗したらそこから学ぶというサイクルを回せる『組織づくり』はかなり大事だと感じます。

7 新しいカテゴリーを作ってしまおう

8 変わり者でいいじゃないか
 自分と考え方が似た人々が集まる居心地よさから、アップル・コンピューターの製品を買う人の例を紹介されています。熱狂的なファンが「例外的な存在」になるために他より高くても喜んでお金を払うという事例。
「変わり者が引き寄せられ、ほかの人に情熱的に伝えたくなるような独自の体験を作りあげればよいのだ。」という部分に素敵!と思いました。
平均的で印象に残らない幕内弁当的なものより、印象に残るものへ。

9 ファンを「冒険の旅」に連れ出そう
 近寄りがたい「スター」でなく、観客と同じように完璧でないことへの「兄弟愛」。コミュニティが育ってゆく過程で、グレイトフル・デッドが自分たちのイメージを押し付けることなくファンに任せたという部分もすごいです。
 先日noteに投稿した「『アンコンシャス・バイアス』マネジメント」を読んだ感想でないけれど、「指揮統制」の雰囲気や上位下達のシステムで縛られることは組織も成長できないケースが多いと聞きます。
PRの実務でもガチガチに決めたものを情報発信の際にコントロールしようとすることで裏目に出る場面は多かったので、これからはコントロールでなく、企業や商品のファン目線で丁寧にコミュニケーションすることを実践していきたいなと思っています。

10 最前列の席はファンにあげよう
 グレイトフル・デッドが熱量の高いファンの手に最前列のチケットが渡るようにしたという事例と、その真逆な新規のお客さんを獲得しようとして昔からの忠実なお客さんを最優先するでなく無視されるケースが紹介されています。
 「ファンである既存顧客を優遇し、情報を最初に知らせるべきだ」という部分は昔ながらのPRのセオリーだとメディアに情報を先に出すというお作法みたいなものがあったりするけれど、アップデートが必要なところかもしれないと思いました。

11 ファンを増やそう

12 中間業者を排除しよう
 グレイトフル・デッドがインターネットのない時代に中間業者を排除して、ファンにチケットを直接販売したことに触れ、ブローカーのような中間業者を取り去り、顧客を直接取り込む大切さが紹介されています。
 PR会社という代理業の立場で仕事をしてきて、「企業の広報」でないだけに特に若手の頃は作業部隊として作業に追われ疲弊する事例も多く「どう付加価値を出すか?」は長年のテーマであったことを思い出しました。

13 コンテンツを無料で提供しよう
14 広まりやすくしよう
15 フリーから有料のプレミアムへアップグレードしてもらおう

 観客のライブの録音を奨励していたグレイトフル・デッド。
今「フリー」や「シェア」は当たり前に定着していますが、録音されたらレコードが売れなくなるという考えが標準だった時代に解放したことで、テープより高音質なものを求めレコードが売れていったというのは本当にすごい話です。
 コピーされたカセットテープが新しい観客をライブに呼び寄せる「広告」の役割を果たしていたということ、それがインターネット以前の話というのも驚きます。

16 ブランドの管理をゆるくしよう
 マーケティングの部門では企業ロゴの使用規定やコーポレートカラーの規定がガチガチに決まっていることも多いけれど、Googleのドゥードゥル(企業ロゴをイベントなどに合わせて変えるもの)のようなデザイナーに裁量を与えることを紹介されています。

17 起業家と手を組もう
 たいていのロックバンドがオフィシャルグッズが確実に売れるようにロゴをつけた商品を売る行商人に販売を禁止するところ、使用を許可したことでファンがくつろげるライブ会場の駐車場の雰囲気が保たれたというエピソード。
 ただバンドの魅力であるチケットを販売する大企業の「中間業者」は排除しても、ファンでありバンドが考えもしなかった商品を作ってくれる個人事業主や新興企業である「行商人」とは提携するという考え方も今の時代に通じます。

18 社会に恩返しをしよう
 グレイトフル・デッドが慈善ライブやライブ会場で社会問題についてファンが学ぶ機会を提供することでみんなの生活を向上させるために援助してくれるバンドというイメージが加わったというエピソード。
 表面的に見えてしまうチャリティもテーマを慎重に選び、長年にわたって続けることで企業イメージが良くなる事例が紹介されています。

19 自分が本当に好きなことをやろう
 最後のパートは、他人の期待や評価を意識して選ぶ「職業」でなく、自分が本当にやりたいことをやるというメッセージ。
 大学生の頃、就職活動を始めた時点では私は人の目を気にして、表面的な上昇志向でいました。ただ誰かに認められたかったのだと思います。
 PR業界に進むことは「人の目」ではなく、悩みに悩んだ結果、自分の特性を活かせそうで、かつ興味ある分野が広報・PRだと思って進んだ道でした。
とことん凹んだ上で選んだ道であったので投げ出したら自分が人として終わりだと思って若手時代の数年は苦しくても耐えていたけれど、自分が案件を担当できるようになった頃からハードワークも楽しみ、それが少しずつ結果にもつながるようになっていったのかなと思います。
 そして、その道を悩みもがきながら、考えながら動き続けることで「次の道」が見えてきたと感じます。

 夏の終わりに、これまで自分が歩いてきた道とこれからがシンクロするような書籍を読み、丁寧で人間らしさも大事にしたマーケティングをこれからおこなえるようになりたいと思いました。

#読書感想文 #マーケティング  


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