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不死魔人の死 #6

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 かくて三人は【黄昏の塔】へと侵入した。とはいっても、別段塔に仕掛けがあるわけではない。敵対種族――闇の眷属や蛮族、匪賊が住み着いているわけでもない。彼らのやるべきことは、七層からなる塔を一段、また一段と進み、然るべき場所へと辿り着く。それだけだった。

「戻り来たったか。しかも連れもいる。さては呪術師でも連れ来たったか」
「その二つの目は節穴か? おれが呪術などに頼るとでも?」

 そして然るべき場所には、やはりいた。黒髪痩躯、長身。青白い顔。黒剣と黒槍を、両の手に下げている。ガノンは無論、この男を知っていた。【不死の魔人】。【黄昏の塔】に棲まう、仮初の主だ。

「くくっ。これは失礼。どうやら、見届人とでも見るのが正しいようだな」
「ご明察。俺はサザン。タラコザ傭兵だ。槍を持っちゃあいるが、横槍以外には指一本動かすつもりはない。安心してくれ」
「お、オイラはブンだ。見るだけしかできない。だ、だけど。見届ける覚悟は十分にあるぞ!」

 魔人の声に、二人が名乗りを上げる。一人は堂々と、一人は勇気を振り絞り。しかし魔人は、それらを鷹揚に受け入れた。

「良かろう。しかしこの勇士が冥界神のみもとへ旅立ったらば、うぬらはどうする?」
「その時はその時だな。別に敵を討つほどの義理もねえ。アンタが帰してくれるってんなら、その通りにしようじゃねえか」
「ガ、ガノンさんが負けるはずがねえ! 機巧からくりだってぶった斬っちまったんだ! お前だって!」

 問いに答える二人の声。魔人の口角が、わずかに上がった。しかし魔人は、無言だった。二人に差し向けていたやや青白い顔を、ガノンへ、陽に良く灼けた、赤銅色の顔へと差し向けた。

「此度は、負けられぬな」
「負けるつもりで、ここに来ちゃいねえ。搦手はなしだ。おれはこの武具を、おまえに突き刺すためだけにやってきた」

 ガノンは、腰に付けていた剣を引き抜く。果たしてその刀身は、眩いばかりの銀に輝いていた。いかなる技術によって保全されたのか、古代ハティマが蒐集したその武具は、幾星霜を経てなお、その輝きを維持していたのだ! そしてにわかに、不死魔人の顔に狂気が浮かんだ! 口角があからさまに上がり、口調が変わる! 両腕を掲げ、高らかに叫ぶ!

「おお、おお。その輝きはまさに銀の武具! 不死を破るという謂れの武具か! 良かろう! 我に死を与え給うがいい!」
「無論」

 両者の間合いは数十歩。されど、ガノンの踏み込みは速かった。同時に、サザンがブンをさらって戦場より引き剥がす。それを横目にして、ガノンは軽く口角を上げた。彼がいる限り、ブンが足手まといになることはないだろう。

「シッ」

 ガノンは力強く床を踏み込み、さらなる加速を遂げた。ジグザグに地を蹴り、魔人に的を絞らせない。雷霆、否、光芒の如き踏み込みは、早くも不死魔人に迫っていたが。

「ぬんっ!」

 魔人の眼力もまた、恐るべきものであった。彼は蛮人をギリギリまで引き付けると、最小限の動きでその突きをかわしたのである。きらめいていたはずの銀の武具に影が落ち、輝きが鈍る。それを目にして、魔人は軽く笑った。

「そう簡単に殺せると思うな。不死を前提に戦うこともできるが、そうでなくとも我は強いぞ」
「だろうな。だが、おまえはおれの銀剣をかわした。つまり、この剣が刺されば死ぬ。そういうことだ」

 魔人の威圧的な言葉に対してなお、ガノンは不敵に笑みを浮かべる。おお、わずかな攻防からこの男は、魔人への勝機を見出したのか。されど。ああ、されど。

「我がその剣を容易く刺させると思うか? ゆくぞ!」
「無論、易くはないな。だが、突き刺すまでだ」

 次なる先手は、魔人が取った。彼は黒剣を振りかざし、ガノンへと踏み込む。凄まじい振り。ガノンはそれを自前の剣、すなわち背に携えていた手頃な剣を引き抜き、頭上で受けた。手がわずかにしびれるが、意に介さない。弾き返すように刃を持ち上げ、受け流さんとする。

「やはりこの程度では死なぬか。良き敵手よ」
「荒野には様々な使い手がいた。このくらいで慌てていれば、すぐさま戦神に見捨てられる」

 受け流す様を見た魔人が、急いで距離を引く。ガノンはそこに牽制めいて横薙ぎを振るい、さらなる攻勢を抑止した。かくて両者に、わずかな間隙が訪れる。しかし。

「二刀を手繰るは、慣れているのか」
「知るか。だがやらねば、おまえは殺せん」
「然り。然り。さあ、来るがいい」

 間隙を言葉の応酬で埋め、両者は再び接近する。だが今度は、魔人が奇手を放った。左手に携えていた黒槍を、無造作にガノンへ向けて突き出したのだ。ガノンのまなこを狙って放たれたその軌道を、ガノンはギリギリのところで大きくかわす。しかしそこには――

「殺意無き槍に気取られ、こちらを見過ごしたな。逝くが良い」

 魔人の長い腕は、多少の間合い程度は容赦なく打ち破る。屈み込んだ先にあった剣閃を、ガノンがかわせる道理は薄い。彼の命運は、ここで尽き果てるというのか? 否。断じて否!

「ぐうううっ!!!」

 ガノンは敢えて、その斬撃を受けた。いや、ただ無防備に受けたのではない。ギリギリの線を見極め、致命傷にならぬ程度に傷を引き受けたのだ! 無論、戦神の加護あってこその見極めである! されど相手は不死の魔人。危険を冒さずして、勝つ道はない! 殺せる道はない!

「浅い……かっ!」
「がら空きよっ!」

 斬り上げた魔人が、脇腹に大きな隙を晒す。ガノンはそこをめがけて、大きく踏み込んだ。直後。魔人の脇腹を、銀剣が大きくえぐった――。

#7へ続く

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