不死魔人の死 #4
しばし後。ガノンはまたしても機巧の目に剣を突き刺していた。刺す。押し込む。捻じる。その一連の動きを繰り返すだけで、たちまち機巧は沈黙した。しかしながら、ガノンは降り来たった階段側に押し込まれている。二陣、三陣が彼のもとに襲い来た結果、十重二十重に囲まれている。光線に襲われることはなくとも、多勢に無勢という言葉が正しい状況には変わりがなかった。
「……」
ガノンは一旦、剣を納めた。続けて軽く、腰を落とす。目を赤く光らせた敵手に、動きはない。故にガノンは、あたりをつける。この機巧は、護衛と言うよりは巡察だ。殺傷よりも、排除に重きを置かれている。数で押し包み、侵入者を上層へと追い返す。そのために生まれた、機巧なのだと。ならば。
「ふんっ!」
ガノンは、一息に足を踏み切る。続けて、稲光の如き速さで機巧どもの真っ只中へと突進した。瞬間、機巧どもの間を閃光が駆け抜ける。機巧は同士討ちを恐れてか、対処ができない。その間に、ガノンは次々と機巧どもを斬りつけた。いかに手頃な、無銘の剣とはいえ。斬る箇所さえ正しければ、鋼造りの機巧だろうと止められる。ガノンが行っているのは、その証左であった。戦神の加護が加わっているとはいえ、並の戦士では果たせぬ所業!
「すげえ……」
離れた箇所。隠れて戦闘を覗き込むブンは、ガノンの有り様に驚愕の表情を隠せなかった。十重二十重に囲んだ機巧の群れを、ただ一度の突進でもって打ち破ろうとしている。彼にとっては、嘘のような光景だった。
「信じられねえ」
ブンは思い出す。かつて己がここまで忍び込んだ際には、数体の機巧に囲まれただけで膝を屈した。赤い眼、滑るように近付いて来る謎めいた動き。すべてが恐怖を誘い、彼を追い返した。三層にまで追われていたらと思うと、暫くの間は深みに入れなかった。それほどまでに、彼は恐慌したのだ。
「なのに……」
ブンは、恐る恐る廊下へと足を出した。機巧どもはガノンに集中し、こちらへと目を向ける者はいなかった。おそらく、連中も無限に湧き出るものではないのだろう。ブンはそっと、胸を撫で下ろした。
「ハアッ!」
遠くから、ガノンの声が響く。そのたびに、機巧が斬り飛ばされている。ブンの目の前に、鉄の塊が落ちる。機巧を形にしていた、物質だろうか。
「おらっ!」
ブンはそいつを、足で思いっ切り踏み砕いた。それが、彼に示せる克服の意志だった。破砕音が響き、一体の機巧が赤い目を向ける。彼は、それでも踏み止まった。
「来いよ」
調子に乗っているなと、ブンは思った。自分が一人だったら、同じことができているだろうか。問いの答えは、否だった。しかし彼は、松明を掲げた。いくら案内をする側とはいえ、自分だけが安全な場所にいるのはいかがなものか。だったら、踏み込むしかない。
「――!」
赤い眼が迫り来る。牽制めいて、離れた場所に光線が突き刺さる。ブンにはわかる。この機巧は、自分を追い返そうとしている。だが己は、退かぬと決めた。ならばと、彼は松明を振り上げた。その時。
「……!」
迫り来ていた機巧が、眼の辺りで横に断たれる。支えを失った頭部の半分が、ブンの元へと落ちて来た。彼は口を開け、断ち切り行為の下手人を見る。それは、当然ながら。
「余計なマネをするな。手間が増える」
赤髪の蛮人だった。ガノンだった。すでに彼の前から、機巧の大群は消え失せていた。ほぼすべてが、鉄の塊に変わり果てていた。耳に入る音からして、まだ残党はいる。しかしながらそれも、往時に比べれば微々たるものだった。
「……悪かったよ」
ブンは口を尖らせつつも、ガノンに向けて頭を下げる。実際、ガノンの言葉は正しかった。自分が勇気を示そうとしたがために、ガノンの手を煩わせてしまったのだ。ガノンからすれば、余計な行為以外の何物でもない。すなわち、自分が悪いのだ。ブンは素直に、ガノンの数歩後ろを歩くことを選んだ。
「先に機巧どもを排除する」
松明が道を照らす中、ガノンが朗々と宣言した。ブンはうなずく。この階層を落ち着いて探索するのであれば、そちらの方が話が早い。彼は今度こそ、道の指し示しに徹した。ところが。
「……え?」
ブンの耳が、危険を捉える。それは、背後からの音声。あの恐るべき機巧の音が、ブンたちを背中から狙っていた。
「っ!」
ガノンの反応は、恐ろしいほどに速かった。身体をほの光らせた戦神の使徒は、雷のような踏み込みを見せた。次の瞬間、鋼鉄造りの間隙を斬り裂く。直後には、機巧は鉄塊に変じていた。だが。
「挟み撃ちかよ!」
再びブンが叫ぶ。彼が照らす先には、十体ほどの機巧。目を赤に光らせ、即座に奇怪なる光線を放って来た。
「わわわ!」
ブンが避ける。ガノンは冷静に光線の刺さる地点を予測。最小限の動きで回避した。すると即座にジグザグに踏み込み、距離を詰める。相手に的を絞らせない。なんたる判断力か。間合いが詰まってしまえば後はガノンの距離。たちまちの間に、機巧が鉄塊へと朽ち果てていく。断ち切られる。
「こおぉ……」
ガノンが低く、呼吸を吐く。周囲を見据え、視線を巡らす。残る敵が潜んでいないか、気を張っているのだ。しかし、ブンの耳は捉えている。機巧の放っていたあの奇妙な音が、一つたりとて響いていない。静けさしか、残されていない。つまるところ、掃討完了だった。
「多分、終わったよ」
「だろうな」
ブンの声とほぼ同時に、ガノンも警戒を解く。そのまま彼は鉄塊を避けつつ、悠然と手近な扉に手を掛けた。すると扉はいともたやすく、重苦しい音を立てながらも押し開かれた。
「探すぞ」
「うん」
ブンが照らすその部屋自体は、さして広くも大きくもない。だが武具は、相応に収められていた。松明の明かりで、銀を見極める。それが二人の、試みだった。
「今までの経験で言えば、深いほどそれなりのモンが入ってたんだよ……」
ブンが武具を照らしながら言う。ガノンは、小さくうなずいた。彼の言うことに、間違いはないだろう。事実として、それなりの拵えをした武具は見受けられた。だが、肝心の銀がない。次の部屋も同じ、また次の部屋も。
「そりゃあ銀は貴重だろうけどよ……」
ブンの顔に、焦りが浮かぶ。いかに機巧巡察を排除できる術があるとはいえ、四層より下は未知である。足を踏み入れたこともない。同じ巡察ならまだいいが、もしそれ以上の護衛がいたら――
「とにかく探す」
一方ガノンは、淡々としていた。彼が欲するのは、不死をも穿つ銀の武具のみ。手に入らないのであれば、何度でも機巧を討つ。その腹積もりは、すでに定まっていた。そうこうしている内に――
「ここが、最後だぜ」
四層の最後の武器庫へたどり着く。扉にはなんらかの文字が書かれているが、これまでと同様、朽ちていて判読できなかった。瞬間、ガノンは思い出す。あのハティマの末裔であれば、読むこともできたのだろうか。だが、今はかの娘はいない。己らだけで、やり遂げる他ないのだ。
「開けるぜ」
ブンが言い、扉を引く。これまでと同じ、重苦しい音。しかし。
「うおっ!?」
ブンが、唐突に驚きの声を上げる。
「むっ!」
覗き込んだガノンも、突然の眩しさに腕で視界を切った。
「信じらんねえ……」
踏み込んだブンが、口をあんぐりと開ける。目が慣れ、視界を開いたガノンもまた同じだった。なぜならそこには――
「銀だけまとめると、こんなことになるのか……」
一見王を飾り立てる宝飾品にしか見えず、さりとて不死を砕く一撃となりうる武具。すなわち銀の武具が、剣、斧、槍、鎧。その他諸々、十全なまでに集積されていたのだ!
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