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不死魔人の死 #5
遺跡より戻り来る頃には、すでに外では夜の帳が降りていた。しかしながら、ブンは誇らしげに、ガノンはわずかながらに、笑みを浮かべていた。かたや四層の貴重な武具を多く手に入れ、かたや銀の武具の中から、よりすぐりの剣と槍を手に入れた。そして四層にはびこっていた巡察機巧を軒並み打ち倒し、誰もが探索できる場へと変えた。わずか数刻でこれほどの事績を成したのは、快挙に値するだろう。
「今夜は、おいらのねぐらに泊まっておくれよ」
遺跡の外まで出てきたところで、ブンはガノンを誘った。しかしガノンは、小さく首を横に振った。
「なぜだい。夜の荒野はなにが起こるか」
ブンが追い打ちをかけると、ガノンは重く口を開いた。
「おれに期待を掛けた者、そして【不死の魔人】が、おれを待ち受けている。使命半ばで、惰眠をむさぼる暇などない」
ガノンは、黄金色にけぶる瞳を遠くへ差し向ける。決して見えぬ【黄昏の塔】へと、思いを馳せているのだろうか。蛇の如くうねる赤き長髪が風になびき、燃え盛る火のように蠢いた。ブンはその姿を見る。眼差しを見る。それだけで、己が酷く間違いを犯したことを痛感した。彼はガノンに頭を下げ、のち懇願した。
「おいらが悪かった。せめて、ガノンさんを手伝わせてくれ。なんでも構わない。小間使いでも良い。ガノンさんがその武具を振るう姿を、おいらも見てみたいんだ」
ブンは、打算なしに同行を願った。一息に言ってのけ、その後再び深く頭を下げた。ガノンはしばし考えた後、首を縦に振った。
「いいだろう。ただし二度とおれの邪魔をするな。手を煩わせるな。そうした場合は、問答無用で帰す。いいな」
「わかった」
ガノンから放たれた警告にも、ブンは動じなかった。大きくうなずき、黄金色の瞳へと真っ直ぐに視線を差し向けた。ガノンはそれをしっかりと見る。その上でなにも言わず、再び荒野へと目を馳せた。
「行くぞ。休息など一切取らん。足を止めれば置いて行く」
「わかった」
こうして二人は、改めて荒野へと踏み出した。道中危険がなに一つなかった訳では無いが、それでも彼らは無事に荒野を踏破した。従来であれば四日は掛かる道程を、昼夜を問わず歩き通すことで二日半に縮めたのである。そうして、【黄昏の塔】が指呼の間に迫った頃。
「……あと僅かだ。気張れ」
「く……わかって、らい」
さすがのガノンも、赤く灼けた肌に、玉のような汗を流している。だがその足取りは、今なお確かなものだった。大股で、しっかと地面を踏み締めている。視界に揺らぎはなく、歩く速度にも淀みはない。ただただ塔へと突き進んでいた。
一方、ブンはといえばそうでもない。すでに顔中汗にまみれ、目は疲労で落ち窪んでいた。足取りは重いし、時折よたよた、フラフラと蛇行するさまも見せている。だがそれでも、彼の想いは前を向いていた。前方にあるガノンの、大いなる背中を目指し、彼は突き進んでいた。弱音を吐かぬのも、その現れであった。
「……む?」
しかしガノンは突如として足を止めた。彼は鼻をヒクヒクと動かし、目を瞬かせた。ブンも足を止め、何事かと周囲を見やる。
「血の臭いか。おれは行く。おまえはゆっくり来い」
「え? ガノンさん?」
「足跡を追うくらいは、できるだろう?」
ガノンの足が、急遽として加速を始める。走りこそはせぬものの、これまでとは異なり、速歩であることは明白だった。必然、ブンは追い切れない。背が遠くなる。仕方無しに彼は、ガノンの足跡を追い掛けることにした。さりとて、未だ目の光は消えていない。
一方、ガノンはといえば、疲れゆく身体に鞭を打っていた。さもありなんである。必然である。ろくな休息も取っていない上に、食事も水も、ほぼほぼ絶っている。いかに彼が強靭とはいえ、ここまでの速度で歩いている方が異様なのだ。なんたる精神力。なんたる矜持。果たして、その足の先には。
「待ってたぜ、ガノンの旦那」
同じく荒野の旅鴉。否。この男は傭兵ゆえ、わずかに質が違うか。青髪長槍、顔に刺青を刻んだ男が、血溜まりと死体の傍らに立っていた。飄々と。悠然とだ。惨状は、この男によるものなのか? しかしながら、ガノンへの敵意はまったく見えなかった。
「……おれに、話を持ち込んだ連中だな。どういうことだ」
死体どもを一瞥したガノンが、低い声を放つ。同時に、背に携えている剣へと手を掛ける。明らかな戦意が、そこにはあった。しかし刺青の男は動かない。槍をだらりと下げ、構えようともしない。あいも変わらず、敵意皆無の状態だ。ややあってから、男はようやく口を開いた。
「旦那、申し訳ないが使われてたぜ。コイツらは匪賊まがいのエセ商人だ。別に商売をしていないわけじゃないが、その辺の小石にやたら高い値を付けて吹っ掛けるような真似をする連中だ。こんな輩が塔にのさばる。それもそれで、よろしくないだろう? 放っといても良かったが、どうにもおさまらんでな」
「……」
青髪長槍の傭兵――サザンは、湖を思わせるような瞳でガノンを見つめた。ガノンも、黄金色にけぶる瞳をそこへぶつける。そしてブンは見る。荒野において、ここまで静かな視線の交錯があったであろうか。大抵あるのは、敵意や殺意、侮りなどの交錯だった。ガノンとサザンの関係を、ブンは知らぬ。知らぬが、その交わりの深さは、見て取れてしまった。ともあれ、ブンの目前にて、ガノンは静かに頭を下げた。
「それならそれで殺すだけだった。とはいえ、先回りの行動、感謝する。なにをもって、報いればいい」
「そうさな。万金をよこせ……とは言わん。しかしここまで来ちまった。だから、旦那が不死の魔人を殺す。その様を見届けさせてくれ」
ガノンの礼を鷹揚に受け入れた傭兵は、悠然として要求を言い放つ。しかし顔を上げていたガノンは、これまた仏頂面を隠さぬままに受け入れた。
「良かろう。そこにいる連れとともに、見届けるがいい」
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