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不死魔人の死 #3

<#1> <#2>

 二人が遺跡に入ってから、およそ一刻が過ぎようとしていた。二人は遺跡のそこかしこに置かれている武具には見向きもせず、一目散に下の階層を目指していた。とはいえ、存外に遺跡の内部は広い。一息入れる頃になっても、未だ二層にしかたどり着けていなかった。

「どこが手頃だ……」
「ん?」
「いや、独り言だ」

 思わず吐き出してしまったサザンへの呪詛。それを聞きとがめたブンが、疑問をあらわにする。だがガノンは、追及を許さなかった。他者に対して、呪詛を吐く。いかに薄暗く蒸し暑い遺跡内であっても。相手が想定よりも遥かに広い遺跡であっても。それは許されるべき行動ではないからだった。

「ならいいんだけど」

 右手に松明を持ちながら、ブンが応じた。案内人であるブンは、ガノンより数歩先を行っている。表情を見られなかったことに、ガノンは安堵した。おそらく自分は今、戦神にはとても見せられぬ表情をしている。そういう確信がガノンにはあった。いかに苛立っていたとはいえ、己にあるまじき行いを働いたが故にである。

「お、見えて来た。三層への下り階段だよ」

 しばしの時を経て、不意にガノンへ声が掛かった。彼は思わず、前を見据えていた目を、さらに見張る。目を凝らす。すると百歩ほど先に、たしかにそれらしきくぼみがあった。

「おお、たしかに。これで、あと一つだな」
「そういうこと」

 ガノンは思わず、顔をほころばせる。しかし即座に、表情を戻した。己はまだ、目的地にたどり着けていない。しかも、その目的地に目当ての物があるとは限らないのだ。つまるところ、まだ終わりではない。むしろ、ここからが本番だ。どこにも喜ぶべき要素がない。

「ガノンさん、大丈夫かい?」
「ああ、問題ない」

 足が止まっていたことに気付いたのだろう。ブンが案じる声を投げ掛けて来る。しかしガノンは、淡々と応じた。正直に言えば、どうにもあの敗北以降、己の気分を制御できていない。やたらと表情に浮き出てしまう。おそらくは、祈りが通じぬことへの衝撃だろう。自身が、己の奉ずる神に疑いを抱いている。己の力に、疑いを抱いている。その事実を、直視する他なかった。

「……一応、息を殺していくよ」
「わかった」

 そうこうしている内に、二人の足は三層へと進んでいた。抜き足差し足、会話は小声で最小限。この下の層には、警戒がいる。それらが、階をまたいで襲い来る可能性があった。

「……」
「……」

 二人は、無言のままに足を進める。部屋らしき扉をいくつも見かけたが、それらには目もくれない。すべては、四層以下へと足を伸ばすためだった。銀の武具以外は、求めていないのだ。

「……見えた」
「少し、急げるか」
「わかった」

 そうして暫く行くと、再び下り階段と思しきくぼみが見えて来る。二人は、わずかに足を早めた。兎にも角にも、先の状況が気になるのだ。それでも足音を殺すことを忘れないのは、ひとえに彼らの理性だった。

「……行くよ」
「ああ」

 階段にたどり着き、二人はうなずき合う。そのままそろりと、階段を降りる。これまでに比べて、ことさらに長く感じる。少しすると、不可思議な音が耳を焦がし始めた。

「なんだ……? この、ジーって音は……?」

 声を押し殺しながら、ブンが言う。しかしガノンの記憶には、思い当たるものがあった。あの折、緑の目をした姫とハティマの遺跡に挑んだ折。かの機巧からくり護衛からは始終あの音が響いていた。つまり。

「ブン。おれが前に出る。行き道を照らせ」

 ガノンは歩みを進めた。もはや彼に、足を止める道理はなかった。一度倒したものが相手であれば、分不相応に縮こまる必要はない。堂々と挑み、堂々と倒せば良いのだ。そして各部屋に分け入り、銀の武具を手に入れる。持ち帰る。所詮この遺跡は、不死魔人を葬るための通過点にしか過ぎないのだ。

「わかった」

 ブンも、素直に応じた。事実この時点で、彼の案内人としての役割は終わっていた。後はガノンが行く道を照らし、そこかしこの部屋で報酬代わりの武具を得る。それだけだった。そもそも彼に、四層に住まう【ナニカ】と戦う術はない。なればこそ、後ろに下がるは道理だった。
 かくて二人は、隊列を入れ替える。ブンの持つ松明の明かりが、ガノンの褐色の肌を照らす。煉瓦造りの、遺跡を照らす。その先に、階段の終わりが見えた。

「……っ」

 足音を殺しつつ、ガノンが四層へとたどり着く。数歩遅れてブンも、四層へと足を付けた。次の瞬間、来たりしは――

「――!」

 人体では目に当たるであろう箇所を赤く光らせ、人ならざる音声をかき鳴らす機巧数体! だがガノンは冷静に敵手を見る。かつて対峙した機巧護衛とは異なり、足がない。滑るように動いて、こちらへと迫り来ている。つまり。

「小回りはともかく、数で……ぬぅ!」

 直後、機巧のまなこから放たれしは光の線! それも囲い来る者どもから複数本! ガノンは素早く屈み込み、ブンは恐れて階段へと逃げ戻る。光線複数本の直撃を受けた石畳は、綺麗さっぱり砕け散っていた。

「フンッ!」

 しかしガノンは怯まない。屈んだ勢いを足に流して、一気に踏み込む。続けて手頃な剣を背から抜き、一息に機巧の『目』へと叩き込んだ!

「――――!」

 機巧が唸る。しかしガノンは剣を抜かぬ。根元まで突き刺し、一息に捻じる。ガラスが割れたような音が、小さく響く。それを確認してから、彼は剣を抜いた。機巧は動かない。なおここまでの行動の間に、他の機巧は踏み込めなかった。それほどの速さで、ガノンが動いたのだ。だが。

「っ!」

 彼は止まらなかった。他の機巧を睥睨するでもなく、ほの光る身体を次の対象へと進ませた。そう。彼は確信していた。この機巧どもを打ち倒さねば、目的の物は得られないのだ!

#4へ続く

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