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不死魔人の死 #1

 おう、どうしたガノンの旦那。わざわざこの俺を探すだなんて、明日の荒野は平穏無事にでもなるんじゃねえのか?
 あん? なに? 「不死なる敵に効く武器」だぁ? どうしたどうした。ガノンの旦那がそんなのを尋ねるなんざ、本気で明日の荒野は平和で終わるかもしれねえぞ。おまんまの食いっぱぐれじゃねえか。勘弁してくれ。
 ……まあ、冗談はここまでだ。一体全体、なにがあった? あぁ? ああ、わかるぞ。たしかにこの街から西に三日、ほぼ真っすぐ行った所に塔があるな。たしか名前は……【黄昏の塔】だ。日が落ちゆく時に塔が黄金色に染まって、息を呑むようだとは聞かされてはいる。だが、あっこは数年前から……ははぁん。話が読めたぜ、旦那。塔に棲まう支配者、【不死の魔人】に喧嘩を売って来たのか。そして、見事に負けちまった。そうだろう? あぁ、そんな顔はやめてくれ。ど真ん中をぶっ刺されたからって、不機嫌になられちゃ俺も困る。
 ……ともかく。【不死の魔人】は俺らの間でも避けて通る厄介な輩だ。闇の眷属だかなんだか知らねえが、「不死の呪いを受けた」と、自分から宣言している。大抵の場合はフカし……大法螺話で済むんだが、コイツの場合は真実マジだった。タチの悪い冗談だろうと踏み込んだ連中が、軒並み帰って来なかったのさ。旦那だって、噂は聞いたことあるんじゃないのかい? 
「噂は聞いたが、退けば戦神の教えにもとる」……わかる。わかるよ。それが、旦那の矜持だもんな。俺と何度もやり合ったのだって、そういうことだもんな。旦那はそこを曲げられねえ。わかるさ。ああ、睨まないでくれ。わかるつもりだ、ってことよ。全部が全部わかることができるんなら、それほど素晴らしいことはねえからな。
 ただ……ちっと妙だな。あの不死魔人、塔に居座っちゃあいるが、仕掛けられない限りは一切動かなかったはずだぞ。ガノンの旦那がそこに踏み込むってことは、なんらかの依頼があってのことだろう? なにがあったんだい? 
 ……ああ。そうか。塔の周りで生業をしていた連中か……あそこは、荒野でも比較的楽に行けるところだからな。物見遊山を相手に一稼ぎができたんだ。だが魔人のせいでそれができなくなって、多くの連中があそこを離れたはずだったんだが……そうか。諦めが悪いのがまだいたんだな。あるいは……いや、よそう。勝手な想像で旦那を惑わせるのは良くねえ。
 ともかく。不死に対抗したいってんなら銀だ。銀製の武器だ。旦那だって、ソイツを知らないわけじゃないだろう? 銀には呪いを払う効能が……「講釈はいらん」? ったく。そういうところが嫌われるんだぞ、旦那。俺は嫌いじゃないけどな。嫌いだったら、わざわざ見つかりに来ない。わかるだろう?
 後は呪い破りの紋様だ。そいつに関しちゃ、この街にいっぱしの技師がいたはずだ。金は積まにゃならんが、旦那ならラガダン十枚ぐらいは出せるだろう? そういうこった。
 まあ……【銀製の武器】ってのは、もはや過去の遺物だからなあ。紋様の方が、手としちゃマシなところがある。でも旦那は……そうだよな。銀の武器を欲するよな。それならハティマの遺跡だ。古代ハティマ帝国はあちこちの武器武具をかき集め、【鉄の都】ラガサダーンの礎を築いた連中でもある。銀の武具ぐらい、一個や二個は貯蔵してるだろうよ。ここから南に一昼夜も歩けば、手頃な遺跡がある。盗掘連中が面倒だが、金を出せば協力してくれる可能性もある。そこは、旦那次第だ。時間を掛けたくなければ、依頼の一手だぞ。
 ……話はこのくらいでいいか? 「十分だ」、か。なら良かった。俺としても、旦那の思い詰めた顔は見たかぁねえからな。まぁだ仏頂面で遠くを見ている方がお似合いよ。あ? なんだコイツは。礼金? 馬鹿野郎。そんなもので俺が靡くと思うんじゃねえぞ。俺はあくまで、旦那のそんなツラを見たくねえから乗ったんだ。こんなはした金を出すくらいなら、ソイツは不死魔人の成敗に使ってくれ。
 ……。そうだ。金なんざ要らねえ。だが、どうしてもってんなら土産話を持って来い。不死の魔人が、どんな風にして死んだかっていうな。それが来るまで、俺はここで待つ。だから、さっさと行って来い。俺をジジイにさせるんじゃねえぞ。またな。

***

「行った、か……」

 ある街の酒場――いわゆる傭兵や漂泊の者、遊び人どもがねぐらやよすがにする場所だ――。赤髪巨躯、褐色の蛮人を見送った、青髪にして背丈よりも長い朱槍を提げた男。彼は、己が顔に刻まれた刺青いれずみを撫ぜながら、軽く息を吐いた。

「たまたま探されていると噂を聞き付け、逢ってみれば……また厄介なことに巻き込まれてやがる」

 刺青の男――後にガノンの、数少ない腐れ縁にして戦友となる男だ――サザンは、思考を巡らせる。たしかに【黄昏の塔】は、数年前まで旅路の名所だった。今なおあの塔で商売をしたいと願う者がいないとは限らない。だが、それ以上に彼には危惧するものがあった。

「【不死魔人】を叩き出して、手前らが根城にする魂胆じゃねえだろうな……」

 そう。それはガノンに依頼を持ち込んだ連中のことだ。はっきりと言えば、荒野では掃いて捨てるほどによくある話の一つだった。弱き者を装って旅路の強き者の同情を誘い、厄介な場所へと突っ込ませる。そして強者同士が疲弊するか決着が着いたところで、場所――たとえば砦や、要害の地など――の横取りを図るのだ。荒野に住まう狡猾なる匪賊にとって、そういった詐術はお手の物だった。

「ま……俺が気を揉んでも仕方ねえわな。なるようになれ、だ」

 サザンは、周囲の野次馬を軽く睨む。それだけで、面々はたちまちの内に目をそらした。彼はそれを確認すると椅子に背を預ける。そして、一応供されていた酒瓶を一息に飲み干したのだった。

#2へ続く

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