学校と塾~小学生時代~
小学校の記憶・・・ほとんど覚えてないから思い出しながら書いていきます。
1年生 先生がベテラン女性教師だった記憶。それ以外なし
2年生 同じ先生。このころから夜食に父親が買ってきてくれた吉野家の牛丼にハマり、ほぼ毎日食べる。気づいたら肥満に・・・
3年生 先生が体育系男性教師。よくビンタされた記憶。しかしこの時代は些細なことでもビンタは当たり前。先生のことは好きだったと思う。
4年生 先生同じ。完全に記憶喪失。
5年生 先生同じ。乳毛、ちん毛が生えてきて、千葉の一宮でのお泊り教室のお風呂で隠した記憶。乳毛は隠せず、しばらくあだ名が「パイ毛」になる。
6年生 先生同じ。急激に身長が伸びる。それとともに急に足が速くなり、自信がつく。クラスのマドンナ的存在の女子とも仲良くなり、密かに喜んでいた。(ちゃんとした初恋は次回投稿の中学の入学式です)
髪型は6年間スポーツ刈り。5年生くらいから先生によく「ひげを剃れ」と言われていた。今思えばかなり成長が早い子供だった。ちなみに成績は中くらい
1年生から5年生まで同級の友達と遊んだ記憶ほとんどなし。近所の幼馴染とばかり遊んでいた。
当時の遊びはカラーボールとカラーバットの野球をスーパーの駐車場で毎日のようにやっていた。大人数が苦手なのでたいてい3人くらいで遊んでいたかな。
ゲームも好きで一人っ子ということもあり、欲しいものは大体買い与えられて育った。ファミコン→ツインファミコン→スーパーファミコン。スーパーファミコンからはダビスタ、信長の野望にハマっていた。信長の野望のおかげで歴史が好きになり、社会が得意科目。これは大学受験まで活かされた。
習い事は1年から3年まで公文とスイミング。肥満になってから泳いでも前に進まなかったのとコーチが怖すぎて地獄だった記憶。4年~は友達に誘われ近所の個人塾へ週二回通っていた。
この塾の講師が大学生で、その方に競馬を教わり、オグリキャップの引退レースで完全にハマる。家にオグリキャップのぬいぐるみがあった。父親に頼むと馬券を買ってきてくれるので、小学生ながら毎日スポーツ新聞の競馬欄をみて予想していた。競馬だけではなくいろんな遊びや恋愛とかも塾講師たちから聞いて、大学生ってかっけーと思っていた。
塾がアットホームだったことで授業が終わっても大体21時すぎまで、塾の講師や友達とだらだらしゃべっていた。夜遅いからと、ちょっとおませでヤンキーチックな、となりの小学校のEちゃんをいつも送っていて、ある日駐車場でハグしたときはドキドキして失神寸前だったのを思い出した。なんでしたのかは全く覚えてない。当時知識もなく、記憶もないが身体は間違いなく反応してたと思う。性について認識したのはその子のおかげ(せい)。※5年か6年かは覚えてない。ぜんぜんモテなかった割にいい思いしてた。
塾に、同じ小学校の2個先輩にいずれ中日ドラゴンズで活躍するOさん(元投手・市船→明大)という大スターがいた。ほとんど話した記憶がないのは惜しい。彼がプロでボコスカ打たれてるのをみて怪物の世界なんだ・・・と感じた。
この塾の幅広い年代のアットホームだった塾のほうが学校よりたくさん記憶残っていた。ていうか今思うと何の塾だったんだろう。勉強した記憶なし。
どうやら「塾に入ったこと」と「身体の成長が早かった」ことが、ターニングポイントで、いろいろこの先事件を起こしていくことになる面倒な性格を形成した模様。それについては今後の投稿で赤裸々に描いていきます。
ではまた!
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