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最後に君はコートに立っていた #スポーツがくれたもの

身体が小さく自己主張が少ない二男は、どちらかというと存在感が薄い。

長男の影響で小学校3年生の秋からバスケを始めたものの、6年生になってもスタメンに定着することはなく、最後の数ヶ月はスタメンにも入れなかった。

キャプテンだった長男とは顔も性格も似ておらず、真面目に練習には参加していたが、とにかく地味で目立たない。長男が太陽なら、二男は月。それも満月ではなく、三日月くらい。

また、スタメンに入れてもらえなかった、、

練習試合の度に落胆する。もちろん、技術的なものも足りていなかっただろう。身長が低かったので、真正面から突っ込んでも潰される。しかし、小さいなりに動きは俊敏だったし、足も遅い訳ではない。でも、あと一歩がどうにも足りない。

闘志だ。

二男には闘志というものが無かった。

もともと人と競うのが好きではない。その不毛な優しさが、はっきりとプレーに出ていた。


とりわけ二男の代は強かった。来れなくなったチームの代わりに急遽出場したU11大会で優勝を掻っ攫い、6年生の夏の大会でも優勝を飾っていた。

ただ、メンバーは我が強い子が多く、常にいざこざが絶えない。喧嘩して途中でフイっと帰ってしまう子や、しばらく練習に来なくなる子もいる。そんな子供達に監督は何度も「こんな奴ら見れるか!」と怒り狂い、その度に保護者も集まって一緒に頭を下げた。

それでも結果は出す。

どれだけ喧嘩をしても、コートの中では見事な連携を見せ得点を重ねていく。普段の彼らからは想像もできない程、試合で見せるチームプレーは魅力的だった。

そんな自己主張ばかり強いメンバーの中で、二男は特に主張もせず、誰の味方をする訳でもなく、ただそこに佇む存在だった。嫌いな子もいないし、嫌われもしない。それでもって、いつも周りの子達に守られている。

そんな二男に私はヤキモキしていた。

もっとやる気を見せて欲しい。

もっと闘志を燃やして欲しい。

穏やかな性格は、メンバーにとって必要な存在だったと思う。砂漠のオアシスのように、誰が来ても分け隔てなく受け入れる二男に救われた子もいるだろう。

しかし、それでは試合に出れない。私は試合の度に、練習の度に、何度も何度も「あんたはできるんだよ」と言い続けた。もっと自信を持ってプレーをすれば変われると思っていた。


ある日、スタメンで出場した練習試合で、二男が急に泣き出してベンチに引っ込んだ。泣き続ける傍らでは、仲間が代わる代わる「大丈夫?」と声を掛ける。

怪我でもしたんだろうか、、いや、違う。

それは、思うようにプレーできない涙だった。

「悔しい」

そう言って泣いている。私はその時、ようやく自分の殻を脱いだんだと喜んだ。これで変われるだろう。自分の奥底から湧き上がってくる闘志を初めて感じたこの子を、精一杯サポートしようと思った。

しかし、その静かな闘志が監督に届くことはなかった。その日を境に、スタメンに入ることがほぼ無くなったのだ。



最後の冬の大会でも、スタメンに入れなかった。一回戦、二回戦は途中出場を果たしたが、準決勝で出番はなく、ずっとベンチを温めていた。

ユニフォーム番号は8番。

バスケは4番からスタートする。キャプテンが4番なので、順番通りならばスタメンの5人に入れる筈なのに、その番号が呼ばれることはなかった。

決勝戦も出れないんだろうな、、

そう思うと寂しかった。小学校最後の試合、少しでもいいから出して欲しかった。しかし、それは言えない。監督に全て任せているのだ。

でも、少しだけでも。

少しだけでもあのコートに立たせて欲しい。

試合は始終、優勢だった。最終クォーターの残り1分を切った時点で56ー43とリードしている。優勝に向けて会場は盛り上がり、応援にも熱が入る。

もう大丈夫。13点差もあれば、優勝は確実だ。

その時、名前が呼ばれた。二男が慌てた様子で、チームTシャツを脱いで監督の元へ駆け寄る。

えっ?まさか、、

「出る!あの子、出るで!!」

隣で一緒に応援していた長男を見ると、頷きながらじっとコートを見据えている。

「メンバー交代!」

残り39秒、落ち着いた様子でコートに入った。

「出た!出たよ!!」

私は長男の肩をバシバシと叩きながら、「出た!あの子、出た!出てる!!」と叫んだ。

「イテテ、、分かってる。二男、行けよ!」

「行けー!!」

弾けるように駆け出した二男は、必死にボールを追う。

あっ、カメラ。その日、私はベンチで応援している姿しか撮っていない。これを逃したらもうプレーする姿が撮れない。

「思いっきり行けー!!」

二男の姿を追いながら、叫びながら、必死でシャッターを切った。

追う、叫ぶ、ブレる。

叫ぶ、追う、またブレる。

多分、ひどい写真だろう。そう思ったけど、叫ぶのは止めれなかった。ただ、我が子だけを追い、その残り少ない時間、ひたすらシャッターを切り続けた。

二男はコートを走り、ドリブルをし、パスをする。相手チームが触れたボールがコートの外に出た。

ピッ!

「白ボール!」

エンドスローインを放つのは、いつも二男の役目だ。私の正面で審判から受け取ったボールを、素早くコートに投げ入れる。

その姿を撮った。

その時だけは叫ばずに撮った。


ピッー!

試合が終了した時、二男はコートの真ん中に立っていた。

2年前、長男が決勝戦で敗れた舞台の真ん中で、満面の笑顔を浮かべながら、メンバーと共に「ありがとうございました!」と挨拶をした。

「優勝や!優勝した!!あんたの雪辱果たしたで!!!」

またバシバシと叩く。「やめて、、」長男は痛そうな顔をしながらも、嬉しそうに笑った。



はっきり言って、二男は優勝に貢献していない。

残り39秒、お情けのように出場させてもらっただけだ。

でも、嬉しかった。

スポットライトが当たらなかった、いや当たろうともしなかった子が、最後にコートに立っていた。短い時間でも仲間と一緒にプレーをし、優勝の瞬間をあの場で味わうことができたのだ。


主役にはなれない3年半だった。

それでも、今まで歩んできた軌跡はずっと残る。

二男の人生において、あの瞬間がずっと心に残ればいいなと思った。




帰ってから写真を確認すると、まぁひどいのなんのって。自分の叫び声が聞こえてきそうなくらいのブレっぷりだった。

でも、その写真は消さずに全て保存してある。


君が最後にコートに立った姿だから。

それを私が必死で応援した証だから。


とびっきり大切な思い出だ。



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