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分からないと言える強さ

三男の発達検査の結果が出た。

学習障害の疑いがあると、5ヶ月前に近くの小児科から公立病院に紹介状を書いてもらい、そこで膨大な量の検査を受け、ようやく全ての結果が出揃ったので、再度小児科を受診した。

一人で聞くのも不安があったので、ちょうどテレワークの日だった夫に仕事を調整してもらい、一緒に検査結果を聞きに行くことにした。

「可愛い先生に会えるから楽しみだろう?」

待合室で夫が三男を揶揄う。

「知らない。もう忘れたぁ」

主治医は若くて可愛い女医さんで、前回の受診時に完全にハートを射抜かれた三男は、瞬きもせずにじっと先生の顔を見つめていた。

「本当は嬉しいくせに」と肘で三男をこつく夫の顔もデレデレしていて、49歳でも8歳でも、可愛い女の子には弱いという男の習性を目の当たりにしながら、私は結果はどうだろうと考えていた。


『625番の方、お入りください』

電光掲示板に番号が表示されたのを確認して立ち上がり、ノックをして診察室に入る。

「こんにちわ!」

多忙を感じさせない溌剌とした声で挨拶をしてくれる先生は、前回と同様に眩しいくらいの笑顔で迎えてくれた。

「今日は結果をお伝えするのですが、まず、リハビリの先生からはどのように聞かれていますか?」

担当の言語療法士さんからは、形の認識が難しいのと、ワーキングメモリが弱いと指摘を受けていた。ただ、全体的に数値は平均より低いが、飛び抜けて悪い項目もないので、学習障害にあたるかどうかは先生と相談すると聞いていた。

それをそのまま伝えると、「私も同じように聞いています」と答える。

「文字を読むことはある程度できているので、書く方が問題だとは思うんですが、それは視覚認知能力が不十分であると考えます」

「視覚認知能力ですか」

「形を想像する段階から難しさが生じているのだと思います。診断としてはショジショウガイかと。学習障害の中のひとつです」

ショジショウガイ。

少し考えて、『あぁ、書字障害か』と思う。

私の脳は、大事な話ほど処理するのに時間がかかる。一度、頭の中で変換された文字を思い浮かべてからようやく理解した。

「しばらくこのままリハビリで訓練を続けましょう。それと、学校の方は普通学級で大丈夫だと思いますが、お母さんが困っていることはありますか?」

困っていること?

テストの点数は去年より上がってきていた。通知表では国語が全てBになった。字は汚いし作文は苦手だけど、先生に助けてもらいながら書いている。算数は好きで計算は早い。文章問題になると挫けるけど、以前よりは集中して問題を読むようになった。

私は今、何が困っているんだろう?

他の子より理解するのが遅い三男の勉強をみる負担はある。忘れ物も多いので口うるさく言う。将来のことを考えると悩みは尽きないし、いつまで近くでサポートが続けられるだろうかと不安にも思う。

でも、、

この数ヶ月、学習障害の疑いがあると言われた日から、いろんな思いを抱えて過ごしてきた。後悔や安堵、迷いや不安、喜びや発見、その他にもたくさんの感情が私の中で交差しては消えていった。

その中で一歩ずつ踏み出した足跡を振り返ってみると、そこには常に前に向かって歩み続ける三男の姿があった。

分からないことは分からない、できないことはできないと言える三男は、周りの人の手を借りながら確実に進んでいた。つまづいても転んでも、まず人に頼る。その躊躇ない素直さがこの子の軸であり強さだった。

その姿を間近に見ていて、私自身も周りに頼る大切さを学んだ。


「大丈夫です。また何かありましたら相談させて頂きます」

不安はある。

でもその不安は、以前とは全く違う。

一人で押しつぶされそうだった日々とは違って、今は頼れる場所がある。相談できる人がいる。吐き出す勇気も持っている。

それは私にとって、診断結果以上に必要なことだった。



診断結果は報告書としてまとめてくれたので、そのまま学校に提出する。本来は面談を希望した方が良いのだろうけど、修了式間近の時期だったので、手紙を書いて持たせた。

「結果を拝見させて頂きました。内容は来年度の担任に引き継がせて頂きます」

翌日、担任の先生から電話を頂いた。

「よろしくお願いします」

私は電話口で何度も頭を下げながら、この先生が担任で本当に良かったと思った。



『一度、相談をしてもらった方がいいと思うんです』

5ヶ月前、そう言って私の背中を押してくれた先生は、三男の発達以上に大きなものを与えてもらった。

できれば来年も担任であって欲しいと思う。しかし、そうでなくてもこの先生なら、きちんと引き継いでくれるだろうという安心感はあった。

また一歩。

また一歩進んでいけるように。


たくさんの人に見守られながら、この春、三男は3年生になる。




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