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「ごめん、やっぱ軽音に入るわ」と息子は言った

「ごめん、やっぱ軽音に入るわ」

キッチンで洗い物をしていた私に長男が言った。

「何で、ごめん?」

「えっ?」

水を流す音で聞こえなかったらしい。私は同じ質問はせず「ええやん、頑張って」と言うと、「うん、頑張る」と答えた。



この春から長男は高校生になった。入学する前から『自由な高校』とは聞いていたが、予想以上の自由さに、私はこの一ヶ月で「どんな学校やねん」と100回は言ったと思う。

合格発表の翌週に行われた入学説明会は、今年度は生徒のみ参加だった。その説明会から帰って来るや否や、長男は大量のチラシを机の上にバサっと広げて興奮気味に喋り出した。

「部活の勧誘がすごくてさ!」

聞けば説明会が終わるのを待ち構えていた先輩達に、あちこちから勧誘を受けたという。

歩けば次から次にチラシを渡され、「うちの部に入って!」「体験だけでも!」と取り囲まれる。どうにか校門まで辿り着いたものの、今度は「写真撮ってあげるよ!」と何故か記念撮影をしてくれたらしい。

大学のサークルみたいな感じ?

私は大学に行っていないので分からないが、ドラマなどで見聞きするサークル勧誘を想像した。

高校でも勧誘ってあるんや。

話を聞きながら、楽しそうな学校で良かったなと思った。

思った。思ったが、、

入学のしおりを確認すると、新入生の入学式当日の持ち物に『弁当』という文字を見つけた。なんで弁当?と思いながら読み進めると『午後からはスプリングフェスティバルがあります』と書いてあった。

スプリングフェスティバル?

入学式当日にフェスティバルだと??

しかもそのスプリングフェスティバルは二日連続で開催されるので、翌日の始業式も弁当を忘れないようにと注意書きまでされている。

「ねぇ、このスプリングフェスティバルって何?」

「あぁ、春の小文化祭だって」

小文化祭?そんな言葉、初めて聞いた。

「なんか部活紹介とか、新入生歓迎会とかするみたい」

「へぇ、、」

その小文化祭に向けて、上級生達は春休み返上で準備に追われるという。その情熱に、なんだか別の意味でこの子はすごい高校に入ったなと思った。


入学式当日、保護者は午前中で解散となるが、新入生は午後のスプリングフェスティバルに参加するために空き教室や中庭で昼食を食べる。

各教室で行われた保護者会を終えた私は、帰りに二階の廊下の窓から中庭を見てびっくりした。

ピカチュウおるやん、、

中庭で、ピカチュウの着ぐるみを着た子がビラを配っていた。その他にも、ラグビー、サッカー、剣道、弓道、野球、吹奏楽、あれは演劇?さまざまな格好をした子達が、至るところで新入生に声を掛けている。

すご、、

屈託のない笑顔で近づく上級生と、その勢いに戸惑っている新入生を見ていると可笑しかった。今はウブな彼らも、一年後には同じように勧誘をしているのだろう。

そんな高校のフェスティバルが盛り上がらない訳がない。

「すげー面白かった!マジで!!」

夕食中、何度もそう言いながらスマホを見せてくる。入部を希望している軽音部の演奏を撮った動画は、バンドメンバーを派手なライトで照らし、途中でスモークまで出現していた。

「どんな学校やねん」

この時点でもう20回目くらいの『どんな学校やねん』だった。


入学してからも、登校すると黒板には『部員募集!』『体験歓迎!』の文字やアート並みのイラストが描かれ、放課後には先輩達が教室に押しかけてくる。

「今日の帰り、クラスメイトが拉致られてったよ」

「ウソやん」

「まぁまぁ、じゃあ一度体験にって感じで連れてかれた。ウケる」

ここまでくると少々強引過ぎないかとも思うが、断りきれないクラスメイトもまんざらではなかったらしい。まぁ、その後どうなったかは不明だけど。

そんな長男も勧誘を受ける中で、先輩との会話を楽しんでいた。部活だけじゃなく、学校のことや、勉強まで教えてくれる。それは知り合いが少ない中でスタートした高校生活の不安を、一気に吹き飛ばしてくれた。



「明日、バスケ部の体験行ってくるわ」

入学して一週間を過ぎた頃、その突然の報告に一瞬言葉が出なかった。

「同じクラスにキャプテンだった子がいて、一緒に行こうかってなって」

先輩からの勧誘もあったが、仲良くなったクラスメイトと参加するのが嬉しかったようだ。

「あんた、負けるんやない?」

「そんなことないよ」と言いながら、久しぶりのバスケを楽しみにしている長男を見ていると、本当に行くんだなと思い私の胸もワクワクした。



「バスケは中学で辞める」

去年、長男はそう言った。

「高校に入ったらバンドを組みたい。だから、軽音部のある高校へ行く」

小4から6年間続けたバスケに未練はないという。もともと音楽も好きで、バンドを組みたいと以前から言っていたので、軽音部に入ることは大賛成だった。

でも、バスケを辞めると聞いた時、私はどこか寂しかった。

コートを走る姿が好きだった。シュートはもちろん、ドリブルをする姿も、パスをする姿も、ディフェンスをする姿ですら好きだった。

だから、もし長男が辞めるかどうか悩んでいたら「バスケを続けたらいいと思う」とアドバイスをしていただろう。

しかし、自分のことは自分で決める性格だ。私がアドバイスをする隙間もないほどキッパリと「辞める」と言った後は、より一層音楽への思いを募らせていた。

そんな長男が、バスケ部の体験に行くとは露程も思っていなかったので、正直驚いた。しかし同時に、もう一度バスケをする姿を見れるかも知れないと微かな期待を抱いた自分がいたことは間違いない。

それ程までに、私の胸はワクワクしていた。



「ごめん」という言葉が出たことを、多分、本人は気付いてなかったと思う。

洗い物をしていて良かった。お陰で聞き返さずに済んだ。

あの「ごめん」は私の期待に応えられない「ごめん」だったのだろう。僅かに抱いた親の期待を、長男は無意識に汲み取っていた。私のことなど気にしなくていいのに、気にさせてしまった。


「なんか圧がすごいんだよね」

「何が?」

「クラスにギターできる子がいて、ドラムやって欲しいって」

中1からドラムを習っている長男に『一緒にバンドを組もう!』というラインが、連夜のように送られてきていたようだ。さすがの長男も、クラスメイトからの誘いは断りきれず早々に入部を決めたらしい。

「同級生からも勧誘されてるやん。モテモテやな」

男の子には、という言葉は呑み込む。

「なんだかねぇ」

そう言いながらラインの返信をする長男の顔は、とても嬉しそうだった。



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