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お古のパジャマから過ぎた日々が蘇る

「暑いから半袖にしてー!」

梅雨に入る少し前、日中に夏日を記録した室内は夜になっても生ぬるさが抜けず、脱いだフリースパジャマを振り回しながら三男は怒っていた。

「えー。ちょっと待って」

夏服はまだ衣装ケースに入ったままだ。私は、押し入れを開けて衣装ケースの中を引っ掻き回し、去年着ていた半袖パジャマを見つけて取り出した。

小さい、、

明らかにそれは今の三男には小さかった。そうか、去年もギリギリだなぁと思いながら着せていたんだった。

迷わずゴミ箱に捨てて、別のパジャマを探す。

あっ、これもう着れるかな?

そう思い、グイッと引っ張り出して「ほれ!」と放り投げる。パジャマをキャッチした三男は、いそいそと着替えると「ふぅ、これならいいや」と満足気に言った。

まだブカブカの半袖パジャマ。

ズリ落ちそうなズボンを引き上げる三男を見ながら、私は『二男が小さくなった』と感じた。



我が家は男の子が三人いる。

「食費が大変でしょう?」と聞かれるのに慣れるほど、小中高の男子三人は茶色いおかずが大好きだ。唐揚げもトンカツも生姜焼きも、全て白飯にドーンと乗せてガツガツ食べる。

10年前に比べて食費は倍以上になったし、米や飲料水に加え大量の食材を運ぶ私の腕は、子供を抱くことが無くなったというのに、いまだに小さな力こぶが消えない。

なので確かに食費は大変なのだが、その代わり被服費はかかっていない方だと思う。

長男の服を二男に、二男の服を三男に、物によっては三代同じ服を着る。しかも、おしゃれよりも着やすさ重視なので、洗っているか着ているかを繰り返しても誰も文句を言わない。大体どのシーズンも上下ニ着ずつあれば事足りる。

その中でもパジャマは特に長持ちするアイテムだった。

外遊びでドロドロになることも、スライディングをして膝に穴が開くこともなく、多少のサイズ違いも気にならないパジャマは、成長とともに順次繰り下げられ、私はここ数年三男のパジャマを買ったことがなかった。

そして「ほれ!」と言って放り投げたパジャマも、長男と二男が着ていたお古だった。



着替えた三男を見て、一年前の二男を思い出す。

同じDNAから誕生したとは思えないほど、二男と三男は似ていない。顔も全く似ていないが、肌の色からして二人は違う。透き通るように白い二男に対して、三男の肌は浅黒い。

それでも、同じパジャマを着てゴロゴロしていると、思わず二男の名前を呼んでしまう。

「二男、あっ違う」

すると、むすっとした顔で「違うし」と怒られる。

「ごめん、ごめん」

そう謝りながらも、私は楽しくて仕方がない。

まだ三男にとってブカブカのパジャマは、数年前に長男から二男に繰り下げた時もブカブカだった。

「長男、あっ違う」

その時も、しばらく名前を間違って怒られていた。



これは長男も着ていたなぁ、去年までは二男が着ていたのになぁと思うと、三男を通じて二人の記憶が蘇る。

私より背が高くなり、それに反して声は随分と低くなった。耳掃除以外で触れることはほとんどないし、食事中でもラインが鳴ればスマホを覗き込む。そんな長男と二男が、再び小学生に戻ったような錯覚に陥る。

『あの頃』の二人はもういない。

私を見上げていたクリクリの目も、「ママ!」と呼ぶ甲高い声も、手を繋いで一緒に歩いた日々も、全ては戻ることのない過去になってしまった。

それでも、三男がお古を着ていると、その過ぎてしまったはずの日々がまだそこにあるような気がして、つい名前を呼んでしまう。

「二男、あっ違う」

そうやって過去に戻れる一瞬が、私はとても好きだ。



過ぎた日々に思いを馳せていると、夫がフラリとやってきて言った。

「あれ?小さい二男がいる」

「だからぁ、違うって!!」

夫も『あの頃』に戻っているようだった。三男から「もう!」と怒られて、私達はケタケタと笑った。




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