首里城の「台所」から
首里城に行きました。
ご存知の通り、首里城はかつて日本の南西諸島にあった琉球王国の王城で、1879年に明治政府の沖縄県設置により国王が追放され、1945年の沖縄戦により消失しています。
その後、1992年に正殿等が復元され、2000年には「首里城趾」として世界遺産登録、その後も2014年の黄金御殿・寄満・近習詰所・奥書院、今年2月の御内原など、復元工事と一般公開が進んでいます。
私が一度訪れたいと思っていたのが、国王と家族の食事を準備した台所「寄満(ゆいんち)」。「寄満」自体は収蔵庫となっているのですが、隣にある国王やその家族のプライベートスペース「黄金御殿(くがにうどぅん)」には、国王の食器や王宮で使われた楽器が展示されています。
↑こちらが「寄満」。地味…ですね。
精緻な装飾を施された漆塗りの国王の食器たち。その正面に立つことができなかった私は、脇にそれてそっと眺めていました。そして、他の観光客がいなくなるのを見計らい、一つ一つに手を合わせました。
私の高祖父(祖父の祖父、つまり私の4代前)は、この場所で、国王の料理を作る仕事をしていました。尚泰王、つまり、450年続いた琉球王朝の最後の王の時代です。
高祖父は、王朝の最後を見たのでしょうか。その時何を感じたのでしょうか。そして、その後も誰かのために料理を作り続けたのでしょうか。
物見台の「東のアザナ」から広大な首里城を眺めていると、急に空腹感が襲ってきました。「国破れて山河あり」ではないけれども、国が無くなってもお腹は空くのかもしれません。空腹は、紛れもなく私が生きている証拠です。
高祖父も、絶望したのかもしれません。どう生きていくべきか悩んだのかもしれません。でも、やっぱりお腹が空いて、(おそらく自分と自分の家族のために)料理を作って食べて、その結果が重なって繋がって、私がいるのかもしれません。
琉球王朝の最後に想いを馳せながら食べるイナムドゥチ(具沢山の味噌汁)の温かさに、ちょっと涙が出ました。
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