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表現するということ。

今回のGWで、たくさんの物や事に触れた。
私が今住む栃木県益子町では陶器市が開催されていて、せっかくなので何度か足を運んだ。そして隣(と言ったら少し語弊があるけど)の茨城県笠間市の陶炎祭にも今回初めて足を運んでみた。
そこで作家さんにより魂を込めて生み出された作品たちを手に取った。
また、ここには陶器作品だけではなく魅力的で個性溢れる飲食店や雑貨屋さんなどもこの日に向けて出店する。ここにある全てが作品であるなぁと改めて感じた。
一度足を運んだはずなのに、再度訪れると新しい作品を見つけたり、この前はそこまで興味がなかった器のはずなのにどうしようもなく魅力的に感じるようになっていたりして、固定されたもののなかに自分の確かな流動性を感じて、自分の変化に戸惑いつつもなんだかとても楽しかった。やっぱり人は変化し続けているのだと実感した。特に器はそれが色や形で分かるから面白い。

陶器市以外にも、埼玉県熊谷市で行われた古本市のイベント「熊谷長慶寺ひとはこ本の市」に参加したことも印象深い。
今年の春はいろいろなことがあって、それによって自分の作りたい空間の輪郭が少しずつくっきりしてきた。だから、本を並べることに対する意思も少し強くなった。
それは少し怖いことでもあった。攻撃されたらどうしようとか、その時に自分や守りたいと思う人たちを守るための言動を自分に取ることができるのか、怖かった。
だけど、自分も同じ本が好きだと出店者さんが声をかけてくれたり、自分ももっと知りたいからと並べていた本を購入してくれたり、どうしたらこういう本に出会えるかと聴いてくれたり、日常のことについての会話をする中で「この本を買いたい」と言ってもらえたりして、とても胸がいっぱいになった。

同じ出店者さんたちとの出会いを通して感じたことも大切な経験になった。
出店者のおひとりが作るZINEに心が震えたり(読んで泣きそうになった。すごいパワーだった)、対話形式の一対一の読書会という興味深い試みをされている出店者さんがいたり(対話の読書会、とても面白かった。焦らなくていいのが私には嬉しかった。相手の言葉を深く知りたくなったし、自分の心を掘り起こす感じが心地よかった。きっと相手の棚主さんの優しさが私を助けてくれていた。)、人へ本や言葉を届けるにはたくさんの形や方法があるのだと体感しながら知ることができた。

怯えて守りに入っていたら、出会えない人たちだった。知ってほしい、というよりも、もっと知りたいと思う出会いだった。
人によっては小さな一歩だと思うかもしれないけど、私にとってこれを実感できたことはとても大きなものだった。

陶芸家さん、飲食店の方(飲食店さんって言うのはなんか変かな?)、洋服屋さん、雑貨屋さん、イベントの運営の方、本屋さん、作家さん。たくさんの人たちと話した。作品に触れた。
本業の方もいるし、趣味の範囲で活動している方もいる。ジャンルもそれぞれ。出力していることもみんな違う。
でも、みんな自分の何かを表現している。美しさとか、心地よさとか、信念とか、誰かのためとか、自分のためとか、様々な、でも確かな思いを込めてみんな自分の中にある何かを表現していた。

「自分でZINEを作って表現することは知っていたけど、本を並べて表現する方法があるんだって知りました。」
古本市で凪の間のブースに足を運んでくださりいろいろとお話しした方がおっしゃった言葉。
これを聞いて、はっとした。
私も表現できていたんだ。
勝手な解釈かもしれないけど、自分の作りたい空間の輪郭がその方には伝わっていると思うことができたし、そして表現することのなかに「本を並べること」があり、そこに自分も存在できると人の視点から知ることができて嬉しかった。

今は本という誰かの言葉を借りて表現しているけど、私も少しずつ自分の言葉で表現していきたいと改めて思うこともできた。
今回の全ての経験を通してそう自覚した。

人は何かを得ることで変わっていく。変わり続ける。いろんなことに素直になりながら、でも許せないものは許せないと声を持ち、自分を騙さずに、生きていきたい。
その過程で生まれる何かで誰かが少しでも安らげたり、微笑むことができたり、自分を許せたり、もうちょっと進んでみようかと思えたりしたら嬉しい。

そう思った今年のGW。良い日々でした。

凪の間

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