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頼まれた絵



都内マンションの一室、
机を前に座る1人の女性。
机の上には沢山の筆と絵の具。
入ってくる男性。

ここは、とある美術家のアトリエ。

「こんにちは」
「こんにちは、ご要件は」

立ち上がる女性。
向かいのソファに座る男性。

「いや、これに絵を描いて頂きたくてね」

男性、カバンの中から紙が入った額縁を出す。
不思議そうに見る女性。

「えらく小さいですね」
「ええ、亡くなった妻がくれたもので」
「それはとても素敵なものをお持ちで」
「ええ、家の中に彩りを、とね」
「良い提案ですね。色が着けば雰囲気が明るくなる」
「ええ。ですが、何を描けばいい物か、わからずここへ来ました」
「ありがとうございます」

お辞儀をする女性。
男性、会釈くらいの角度で頭を下げる。

「どんなものが良いでしょう」
「やはり、家を明るくしてくれる感じがいいですね」
「置く場所はどこです」
「家の玄関に飾ろうと思ってまして」
「それは良いですね。玄関は福を招く場所。明るさがプラスされたら家の空気も益々良くなると思いますよ」
「妻も同じことを言っていました」
「では、オレンジとかそういった温暖色で仕上げましょう」
「よろしくお願いします」
「テーマとかも特にないですか」
「テーマ、ですか?」
「そうです。ここに描くにあたって色だけでは、絵でないただの塗りになってしまう」
「……そうですか、では愉快な感じにしていただきたいです。何にでも、合いそうな」
「愉快に、ですか。それもまた割と抽象的な」
「大先生のセンスにお任せしますよ」
「恐縮です。かしこまりました」
「完成はどのくらいですかな」
「それでは3日くらい頂けますか」
「……割とかかるのですね」
「そうですかね、普段からこれくらいですよ」
「デザインも1からですもんな。これは失礼。では、3日後に」

出ていく男性。残された女性。

「さて、愉快とは何を描くべきか」

紙と向き合う。
正方形に見えて正方形でない額と紙。

福を招けそうな絵にしようと考えた女性。
下描きとして鉛筆で絵を描き始める。

描かれるポップな七福神。

「亡くなった妻がくれたもの…」

男性の少し切なそうな表情を思い出す女性。

「奥様の写真を貰っておけばよかったか」

七福神を消す。

「愉快、動物園などはいつも愉快だ」

女性、キリンを描き始める。
キリンの上に乗る猿を描き始めたところでまた消す。

「笑い合う男女にすれば、奥様と彼を連想できるかな」

笑う紳士と淑女を描き始める。

「いや、あれの方がいいか」

消す。

「いや、これだな」

描く。

「そうか、あれもいいかもしれない」

消す。

「そうだ、ここにこれを」

描く。

女性、3日3晩ほぼ寝ずに仕上げる。
絶対気に入って頂けるものをと考え続け徹夜。

「初めてこんなに人に渡す絵について考えたかもしれない」

笑う女性。朝日が差す。

昼。アトリエに入ってくる男性。

「出来ましたかな」
「はい、こちらに」

女性、風呂敷に包んだ額に入れた紙を出す。

「ほほう、これは」

男性、額を持ち上げる。

「いかがでしょうか」
「素晴らしい絵です」
「それは良かった」
「ですが」
「はい、何でしょう」

少し言いづらそうにする男性。
女性、身を乗り出す。

「何でも仰っていただいて構いません。不服でしたら描き直させていただきます」

男性、では、と軽く咳払い。

「私が頼んだのは、額縁の色付けです」

女性、キョトン。

「ここに入れるのは、妻と私の写真と、決めておりました」

女性、考える。

「なるほど、確かに、紙とは言われていない」
「失礼をいたしました」
「いえ、こちらこそ。申し訳ない。1日で描かせていただきます」
「とんでもない。確かにリクエストこそ違ったものの、この絵はとても素敵だ」

男性、絵を眺める。
笑う男女の周りに描かれる抽象的な動物たち、空の上に笑う神の絵。

「とても、愉快だ」
「…ありがとうございます」
「だからまた明日にでも、別の額縁を持ってくることにするよ」
「ぜひ、今度こそ額縁に絵を描かせていただきます」

机にお代を置き、立つ男性。

「それでは、また」
「はい、また」

男性、アトリエを後にする。

女性、机を前に座り、

「これからは絵より先に品物を確認してからオーダーを受けよう」

コーヒーを1口飲む女性。
いつもの味と違ったのでドリップの機械を見に行く。
中で部品が取れて壊れている機械。

「いつも通りがいつもその通りでないこともある」

席に戻る女性。笑う。

「さて、明日はどんな愉快な額を描こうか」

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