変えるとき、変わるとき
起こったことには意味がある。
わたしはこれを機に、変わるときがきたんだと確信した。
ダメージが強かったからこそ、今いちばん、物事の考え方に軸を持っていると感じられる。
これを逃し、また同じ道を進むことは、自分の人生を生きていないのと同じだから。
25歳の時、仕事で自律神経を壊してしまった。
自律神経失調症は一度なると、時折繰り返す厄介な存在ではある。
それからも度々、人間関係で悩んだりすると症状が顔を出すことはあったけれど…
まさか、他人から愚痴を延々聞かされたことによってメンタルが病み、難聴という病になってしまうとは思ってもみなかった。
風が吹き荒れる中、一時間ちかくものあいだ、顔見知りの人から愚痴を聞かされた…。
放心状態になり、のちに心が沈み、少しのあいだ自我をなくしてしまった。
今思えば、話しを遮ることすらできなかった自分が情けない。
勧誘にはどれだけ話しを聞こうが、最終的に断る術は持っていたのに…。
現在治療中で完治するかどうか、今のところはわからない。
このままずっと、耳鳴りを感じながら生きていくことになるのかもしれない。
人によっては胃をやられたり、心を病んでしまう場合だってある。
それがわたしは耳にきてしまったのだ。
今回の原因は、いっときに受けた極度のストレスによるもの…だったと捉えている。
ストレスを軽くみちゃいけない。
だから今後は自分に降りかかってくるストレスを、自分で排除していくしかない。
排除❶ 日常のストレス
日常生活で、毎日まいにち、来る日も来る日も見ては見ぬふりをしていることがやたら多い。
身の回りのことは目に入るからこそ、ほんのわずかなことでもストレスは積み重なってきている。
ずっと気になっていた、シンク下収納のストレス。
数多くあるボウルや密封容器のゴチャつき感。
なにがどうなったのか、それが急にわずらわしく感じた。
いる、いらない。
使う、使わない。
ときめく、ときめかない…。
そんなチマチマした取捨選択方法なんてまったく必要なかった。
わずらわしいなら全部捨ててしまえばいい。
小さいものから大きいものまで、フタも合わせると20点ほど。
プラスチック製からガラス製に替えたかった。
いつから思ってきたことだったか、それが果たせるときが急にきた。
排除したらスッキリした。
排除❷ 他人から受けるストレス
家族のために、と思ってやってきたことを排除する。
嫁だから、やって当たり前、という考え方も排除する。
いちばんは義母のこと。
難聴になってしまった大元の原因は、義母でもない他人だったけれど、わたしが日頃から感じているストレスは大半義母が絡む。
ストレスを生ませないためには、義母に絡む機会を減らすしかない。
毎週、最低2回の送迎をしている。
うち1回だけ、曜日と時間が確定している。
もう1回は予約がとれた曜日、時間、終了時間によって、こちらが臨機応変に合わせている。
義実家に迎えに行き、送り届け、帰宅。
再度迎えに行って送り届け、帰宅。
これが数年前からのサイクルだった。
多いと週3回、4回。
気から病む性分の義母は顔を合わせるたび、毎度ながら愚痴、弱音、質問のどれかを口にする。
義母自身の身体のことじゃないと、話題は他人のこと。
あの人がああ言うてた。
その人はこうしたら治った。
などなど…。
自分がない義母は、かんたんに人に左右される。
娘なら「そんなことばっか言ってないで自分でなんとかしなよー」と言えるだろうに、口外できない嫁のストレスを義母は知る由もない。
息子でもなく、娘でもなく、嫁がいちばん身近にいて、日頃のことを知っていて、いちばん聞かされていることを実の家族も知らない。
わたしがこんな思いでいることを知らない。
血の繋がりはどれだけ大きいものかと感じる。
自力で行こうとする姿勢が見えるものなら「言うてくれたら乗せていったのに」と確実に言っている。
いや、一度くらい言わせてもらいたいものだ。
そんな性分だから結婚当初からストレスに感じていた、義理の母という存在。
その当人から聞かされる愚痴を、なぜ嫁のわたしだけが…。
血のつながりのない嫁だからこそ、win-winでないと成り立たない。
なのにあなたはわかっていない。
この思いはわたし以外わからないし、自ら変えていくほか手立てもない。
嫁がしてくれて当たり前を排除する絶好のチャンス。
これ以上にない機会を逃すことだけは避けたい。
昨日、義母に伝えることを実行した…。
変えられた。
変わることができた。
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