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唐津の渡辺さん / 九州一周自転車の旅(2)

前回の続き。

 「渡辺家に、鬼は来ない」

 広島から車に乗せてくれた「唐津の渡辺さん」が、そう教えてくれた。曰く、昔々あるところで、とある渡辺姓の武将が、悪さをする鬼をこっぴどく退治したことがあるらしい。その時の恐怖が残っているのか、鬼は渡辺家に近づかない。だから、節分の時、豆まきをする必要がないのだという。

 「唐津の渡辺」さん。鬼の話が面白くて、6年経った今でも、はっきりと名前を覚えている。あれは、旅に出て3日目の夕方だった。広島のサービスエリアで、なかなか車がつかまらず途方に暮れていた時、渡辺さんと出会った。唐津に帰る途中だから乗って行きなよ、と言うお言葉に甘えて、一気に目的地の博多まで送っていただくことになったのだ。

 確か、渡辺さんは、佐賀県唐津市で、農家(兼何でも屋さん的なこと)をしていると仰っていたと記憶している。車に乗せてもらった時は、年に一度、恒例の家族旅行の帰り道だったそうだ。体が大きく力持ちそうな渡辺さんに、優しい雰囲気の奥さん。そして小中学生?くらいの年齢のお子さんたち。幸せな家庭の、幸せな家族旅行のひとときに、僕はお邪魔させてもらったのであった。

 博多に着いたのは、だいぶ遅い時間だった。お腹も空いたよね、と言うことで近くの回転寿司に入り、お寿司までご馳走になってしまった。最後は、最寄りの駅まで送っていただき、渡辺さんご家族とお別れした。手を振り、頭を下げる。僕は、車に乗せてもらって食事をご馳走になった以上に、「一家団欒」のお裾分けをいただいたような気がした。

 唐津の渡辺さんご家族、元気にされているだろうか。今でも時に、あの優しさと、温かい家庭を思い出す。このような、人との出会いに恵まれて、人生初のヒッチハイク旅は、最高の思い出となったのだった。

次回に続く。

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