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「誰を見て仕事をするか」は所属する業種・部門によってほぼ決まる

昔、忖度まみれの資料を作成した際上司や先輩に提出した際、「誰を見て仕事をしているんだ!」と指摘されたことがあった。特に米国のベンチャーキャピタルに出向していた際、お世話になったパートナーからは何度も繰り返し「誰を見て仕事をしているんだ」と言われた(ちなみにその人が好きな言葉は「誰を見て仕事をするか。それは上司でもなく、会社でもなく、お客様でもなく、天だ」というものだった。天が何を指しているのかはここでは割愛する)。

その後、日本に帰国してから使えた常務からもよく、少しでも忖度が感じられる弱気な説明を行うと「誰を見て仕事をしているんだ」「忖度はやめろ」「上司を見て仕事をするな。逆命利君の言葉を心に刻め」と、おおよそ同じようなことを言われ続けてきた。

そんな尊敬する方々の言葉を胸に、自分も「今、誰を見て仕事をしているのか」ということを意識するよう心がけるようになった。時にはお客さんを見て仕事をすることも、自分を見て仕事をすることも、上司を見て仕事をすることも、それは場面によって様々だが、重要なことは「誰のために今この業務をしているのか」を意識することだと思う。

「自分は誰を見て仕事をしているんだろう」という問いは、通常、仕事が順調な時は思い浮かばず、逆に目の前の仕事に対して取り組む意義を見出せなくなった時、ふと心に浮かんできがちである。

それはある人にとっては役員説明に向けた部長用に説明するための資料の準備のための準備の資料を準備しているときに、またある人にとってはマーケット調査で別の顧客ニーズが浮かび上がったにもかかわらず、とある役員または社長の鶴の一声で「こっちのアイデアのほうがいいんじゃないか」と言われて結論ありきのマーケット調査をやり直しているときに、またある人にとっては残り営業目標を達成するためにお客さんにお願い営業をするときに、思い浮かぶ言葉かも知れない。この問いが思い浮かぶ状況は人によって様々であろう。

真面目な方ほど「自分が今行っている仕事は誰のために本当にやっているのだろうか。意味があるのだろうか」と思い悩んでしまう。なぜなら「誰を見て仕事をするか」という問いを通じて仕事の意味を見出すことは自分自身の心がけ次第の問題である、と思ってしまうからだ。

だが、自分がこれまでJTCやベンチャーキャピタル、海外ノンバンクでの勤務を通じて様々な国・バックグランドの方々と触れてきた経験からすると、「誰を見て仕事をするか」はその人が所属する業界や部署・役職で大きく決まってしまってしまうので、あまり思い悩まずに環境のせいだと割り切ってしまった方が気持ちは楽になる。顧客第一で仕事を行うか、上司第一で仕事を行うか、はおおよそその人が属する業界・業種・役職で決まってしまうのだ。そうい思ったほうが自分一人で仕事のやり意義を背負いこまず楽になるのではないか。

この点について、以下、金融業界(特に証券会社・資産運用会社)でよく用いられる「セルサイド・バイサイド」と言う軸と、「マネジャー/プレイヤー」という軸を用いながら説明していきたい。

1.セルサイドは顧客を向いて仕事を行い、良いバイサイドも顧客(投資家)を見て仕事を行う。勘違いしたバイサイドは自社を見て仕事をする

そもそも金融業界でいうセルサイドはその名の通り、顧客に商品を提供する業務が主であり、証券会社・銀行のホールセール部門・リテール部門が該当する。営業成績が大きくモノを言う世界である。社内ポリティクスに長けずとも、実績さえ挙げれば社内で大きな顔もできるし昇格できる点においては、実力主義の世界と言える。また、営業実績を上げるためには顧客を向いた提案が必須であり、自然と自社論理よりも顧客を意識した業務を行う(もしくは行わざるを得ない)ことになる。

一方でバイサイドは商品の購入や購入後の管理を行う業務が主であり、証券会社や銀行、保険会社の資産運用部門が該当する。バイサイドが提示してきた商品を吟味し購入する立場であり、いかにその商品が自社の運用戦略や方針に即しているか、の意義を上司に報告の上で購入をする立場にある。自社の外の商品が、自社論理にいかに合致するか、が鍵となるため、自然と自社論理や社内ポリティクスが優先されがちである。

ここで冒頭の「誰を見て仕事をするか」という問いをセルサイド・バイサイドそれぞれの会社に当てはめてみると、セルサイドは基本的に「顧客(売り先)」を、バイサイドは「自社」を見て仕事をする傾向にある。

そして、個人的な感覚論になり恐縮だが、バイサイドはセルサイドを「業者」と見做し、中には「自分は偉いんだ」と勘違いして上から目線で横柄な態度をとりがちな社員(それも若手に多い)をよく見かける(※)。ただし、これはあくまで悪目立ちしてしまった残念なバイサイド社員の例であり、多くのバイサイドの方々は顧客、すなわち自分達に資産を預けてくれている投資家の利益に適うよう謙虚に修行僧のように目の前の仕事に打ち込んでいる印象である。

※どんなに偉そうにしていても結局バイサイドの会社といえどもとは誰の金を使って運用しているか、を辿れば投資家のお金であり、そのバイサイドの社員個人がリッチなわけでも偉いわけでもなんでもない。言わずもがなであるが。

一方でセルサイドは「お客さま第一主義」「クライアントファースト」を掲げていることから魅力的に思われがちだが、実態としてはセルサイドはビジネスモデル上、自社論理より顧客を優先しないと自身の会社が潰れてしまうため、必要に迫られた結果として顧客論理を優先せざるを得ない、という印象である。

2.セルサイドの社員は顧客(バイサイド)を見ながら仕事を行い、立派なバイサイドの社員は(程度の差はあれど)基本的には上司を見て仕事を行う

次に、このセルサイド、バイサイドの違いをさらにマネージャー/プレイヤーという軸を加えて、それぞれが大まかに、誰を見ながら仕事をしているのかを示したものが以下の図である。大きく分けて以下①〜④に分類できる。

注)本来であれば、この図の枠外にバイサイド・セルサイド共に見るべき先として「ステークホルダー(株主や社会など)」を加えるべきだが、バイサイド・セルサイドという軸では何も差異がでない当然のことなので、図には載せていない。

①セルサイドのプレイヤー
最終的に見ているのは④バイサイドのマネージャー(上図点線部分)なのだが、基本的に「業者」のプレイヤーである彼らがバイサイドのマネージャーである④と会話の窓口となることはなく、④が②のマネージャーに対して依頼した業務の実務を担う。加えて、バイサイドのプレイヤーである③からも非常に細かい実務的な依頼や照会事項を受けることになるのもこの①である。
基本的にバイサイドは金曜日の夜に「この資料を月曜日の朝までに用意してください(=休日出勤してでも仕上げてください)」といった依頼を投げてきたり、「これじゃ上司に(自分が)全然説明できません。資料を作り直してください」といった依頼を行うが、これを最終的に全て受け止めるのはこの①の方々である。全ての要望に対し100%で対応をするのが理想だが、業務量には限界があるので、どこまで対応すべきか、は上司の②と相談しながら進めることになる。

②セルサイドのマネージャー
バイサイドのマネージャー④のみならず、プレイヤー③も見ながら案件を進める必要があるのが②のマネージャーである。案件の内容にもよるが、プレイヤー③が案件受注のためのキーパーソンである場合は決して少なくなく、必ずしもバイサイドの偉い人の④だけを見ていれば良いわけではないからである。
この②の人々は、バイサイド社員から受けた依頼事項の内容を確認の上、①のプレイヤーに投げて対応を指示する一方(ただし、とるに足らない、または明らかに的外れな依頼事項であれば、その場でこのマネージャーが却下をすることもある)、自分自身はバイサイド社員の接待等を行い、案件獲得に向けた日々の努力を怠らない。

③バイサイドのプレイヤー
基本的にはバイサイドのマネージャーである④を見ながら仕事を行う。セルサイドから提案のあった商品の受注を決める際、社内決裁のための資料作成や社内根回し・説明等の実務を担うのがこの人々であり、その社内決裁に向けた必要な情報は基本的には全てセルサイドの社員から取り寄せることになる。優秀で既に社内での信頼をある程度構築している方であれば、的外れな依頼をセルサイドに対して行うこともなく、必要なプロセスを首尾段取りよく進めるが、新任社員等の場合、上司から何を言われるのか怖いし業界知識も備わっていないので、「こう問われたらどうしよう」という想定QAの詰めをセルサイド社員に対して繰り返す。基本的には上司を見て仕事をしている方々である。特に若手でこのポジションに就いてしまうと、セルサイドからはお客さまとしてチヤホヤされるし、何か資料提出を依頼すれば自分の手を動かさずとも出てくるし、時折勘違いをしてしまう方々も出てくる(「この証券会社、本当に使えねーな」みないな悪態を職場でつくようになる)。

④バイサイドのマネージャー
おそらく社長や役員の方々は自社の論理ではなく、そもそも論の前提に立ち返り、社会・株主にとって有意義な案件であるかどうか、を見極めながらセルサイドの提案してきた商品の決定を行うと思われる。が、中間管理職等では基本③のバイサイドのプレイヤーと同じ思考パターンで、上司(社長や役員)の顔色を窺いながら仕事を行うことになる。その人のキャラクターにもよるが、セルサイドの方々を業者扱いしているので、基本的なコミュニケーションはバイサイドのプレイヤーを通じて行う、という人もいる。が、「せっかくだからセルサイドの方々には気分よく働いてもらって、最高のアウトプットを出してもらった方が自分たちにとっても有益だよね」という考えの下、要所要所でセルサイドの方々に労いの言葉や感謝の言葉をかける、という人心掌握術に長けた方もいる。

3.このセルサイド・バイサイドの構図を証券業界以外の業界・職種に当てはめるとどうなるか

一般化というのは非常に難しく、誤解を招く試みではあるものの、このセルサイド・バイサイドの構図を他の業界にも以下の通り当てはめてみた(個人的な感覚論であることは承知しています)。

<セルサイドに属する主な業界・部門>
・(トップティアファーム以外の)コンサルティング会社
・フィナンシャルアドバイザリー(FAS)
・(トップティアファーム以外の)ベンチャーキャピタルファーム、プライベートエクイティファーム(※1)
・広告会社
・銀行(※2)、生命保険、損保会社の営業部門
・スタートアップ
・システムインテグレータ
・その他の一般事業法人における営業部門

<バイサイドに属する主な業界・部門>
・官庁
・政府系金融機関
・大学
・銀行、生命保険、損保会社の運用部門
・その他一般事業法人における調達・購買部門
・一般事業法人におけるR&D部門

※1: 一見、この2つの業種は投資家としての顔を持つことから、バイサイドに属するように思えるが、ベンチャーキャピタルファームに出向していた自分自身の経験から言えば、間違いなくセルサイドに属する業界であると考える。投資担当者は優良な投資案件を見つけたら自ら投資候補先に猛烈な営業をかける(そもそも相手から相談のくる投資案件は余程のことがない限り何かしら問題のある場合が多い)。一方で自分たちに投資を行っているLP投資家のメンテナンスをしなければ後続ファンドへの追加投資の道も断たれるため、投資先・投資家両面から丁寧なケアが求められる業界である。

※2: 銀行の営業部門は理屈上、貸し手である銀行が強く借り手が弱いようにも思えることから「銀行はバイサイドではないか」との考えがちだが、借り手が強いケース、すなわち「銀行から金を借りてやっている」という側面が強い場合が多い優良大企業から中小企業まで規模を問わず)。このような場合、銀行側は貸出を返済されないよう常にメンテナンスをする必要があるから、セルサイドに属すると考える(銀行出身者としての経験に基づく分類です)。

基本的にはセルサイドの方が高給ながら時にクライアントから業者扱いされ馬車馬のように働かされる一方、バイサイドの方が薄給ながら上級国民感を味わいながら仕事ができる、という区分がなされている印象を受ける。

4.余談:キャリアを始めるならばどこからスタートするのが良いか

ここまで、いかにもセルサイドは辛くてバイサイドは楽だ、というトーンの記載になってしまったが、当然バイサイドにも辛いところはある。上司の方ばかり仕事をすることになることや、社内のポリティックスに右往左往することになることで、「これは誰のための仕事だろう。上司しか見ていないけど」と真面目なひとほど悩んでしまいがちなのである。そんな時は、「まあもともとバイサイドにいる時点で上司を見るのは当たり前だよね」と気分を改めて業界のせいにしてしまったほうがいい。

少し話が脱線してしまったが、もしキャリアのスタート地点をセルサイドとバイサイドどちらにすべきか、という質問を仮に受けた場合、自分自身の意見は間違いなくセルサイドである。理由は以下の通りである。特に最後の3. は重要で、本当に若いうちしか早朝出勤〜深夜残業のローテーションは出来ない。

1. 上司に加え、顧客企業のマネージャー、プレイヤーの意向を汲み取りつつ案件を仕上げていくことで、プロジェクトマネジメント能力及び高度なコミュニケーション能力が身につくこと
2. 顧客からの依頼事項対応に追われる中で、嫌が追うにもスキルや実務能力が高速で身につくこと
3. 年を取ってからのバイサイドへの転換は可能だが、年を取ってからセルサイドへの転換は体力的に厳しく、若くないと難しいこと

(再掲)

思えば投資銀行出身の方がその後、ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティのみならず、スタートアップCFOとして大活躍をしているのを見るが、それは上記の図の①で修羅場を乗り越え、濃密な時間の中で実力を高速で習得していった経験値の賜物なのだろう。


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