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「ソニー再生」を読んで、平井一夫元CEOは「貞観政要」の君主像の生き写しだと思わされた

ソニーの元CEO、平井一夫氏の著作「ソニー再生」を読んだ。

平井一夫氏はソニー在籍中、ソニーグループ3社の事業再生を手がけた、事業再生請負人である。

最初はわずか35歳にしてアメリカのサンフランシスコの南にあるフォスター・シティにあるソニー・コンピュータ・エンターテインメント・アメリカの事業再生を手がけた。

その後日本に戻ってからは(正確には、生活の拠点である米国か家族を残して日本に単身赴任してからは)プレイステーション3販売時の大型投資に伴い生じたプレステ事業立て直しのため、ソニー・コンピュータ・エンターテインメントの事業再生を成し遂げた。

そして最終的には大赤字に陥っていたソニー本体の再生を手がけた。

今でも覚えているが、2010年代当時のソニーそして平井元CEOはメディアから「ソニーは終わった」「平井体制では無理だ」と散々叩かれ続けていた。

余談だが、私の大学時代でソニーに勤務する友人と合コンに行った際、ソニーの友人が自己紹介をした後、相手方の女性からも(今でもすごい失礼だと思うが)「大変ですね〜」と言われてしまうくらい「ソニーは終わった」という空気が社会に漂っていた。

ところがそんな事態を5年ほどで改善させ、ソニー復活の道筋をつけたのがこの本の著者である平井一夫元CEOであった。

一体どんなマジックを使ったのか、と思いながら本書を読んだ。だが、そこには何も複雑なことは書かれていなかった。

書いてあったのは経営者として覚悟を決め、会社の方向づけをし、やると決めたらやり遂げる、という極めてシンプルなことしか書かれていなかった

ただ、平井元CEOの素晴らしいところは、この誰でも頭ではわかっているが実際に実行に移すことが難しい原則を、きめ細やかに、他者の気持ち配慮しつつ最新の注意を払って実行に移したことだと思う。

「覚悟を決めるとはどういうことか」「会社の方向づけをするとはどうこういうことか」「やると決めたら何をするのか」を具体的な行動に移し込み、組織に浸透させていくプロセスが本書では詳細に書かれている。平井元CEOは平時にビジョンや夢を語るリーダーシップに加えて、事業を再生させるという明確かつ困難な目標達成に向けて皆の心をまとめ上げ、やるべきことに取り組む、危機時のリーダーシップにも優れた方なのだと思わされた。

会社の危機時というのは従業員の求心力が低下するときである。「この会社とこの経営者の下で働いていて、自分は安心して家族を養っていくことができるのか」という不安がみなぎり、経営陣に対して疑心暗鬼になる者が出てくる。

そんなときに平井元CEOは、上記の「覚悟を決める」といった原則に加え、「肩書で仕事をしない」「異見を求める」という原則を実行に移しながら、ソニーグループ16万人の求心力を高め、復活に導いていく。

この二つの原則は、まさに帝王学のバイブル「貞観政要」でも語られていた言葉である。現代社会で、しかも過去10年の間で実行していた方がいたことに驚いた。以下、貞観政要で言われていたことの引用である。

「名君は部下の耳の痛い諫言(かんげん)もきちんと聞くべき」
「部下のいうことを信頼し、よく聞くのが名君」

以下、本書の中で心に残った言葉を載せておきたい。

最後になるが、平井元CEOも、ソニーグループの中ではソニー子会社出身で、ソニーのノンコア事業(エンタメ)でキャリアを詰んだいわゆる異端であった。こうした経歴の方でも、実力があれば平等に引き上げていくというソニーのカルチャーも素晴らしいと感じた(※)。

※余談だが、私は金融業界で長らく勤めているが、基本的に役員以上になるのは大企業営業、人事、経営企画を経験した者であり、ノンコアビジネス部門から昇格した役員は殆どお目にかかれない。つまり、ソニーのようにいきなりノンコア部門の社員が役員に抜擢されるような可能性はほぼゼロに近く、誰が役員になるかはそれまでの経歴でほぼ察しがつく世界にいる。だからこそ、このソニーのカルチャーを素晴らしいと感じてしまった。

(以下、本書引用)

  • 難しい判断になればなるほど、特に心が痛むような判断であればそれだけ、経営者は自らメッセージを示さなければならない。リーダーはそういうシーンで、逃げてはならない。

  • 私はよく管理職のみなさんに「もし部下による選挙が行われたとしよう。自分が当選する自信がありますか?」と問いかけてきた。もちろん自分自身にもである。

  • リーダーにはつらい判断、人から嫌われる判断がつきものだ。そんな状況にあっても自分はリーダーとして選ばれる存在なのか。リーダーは部下からの「票」を得なければならない。厳しい局面で逃げるリーダーに票は集まらない。だから、逃げる姿を見せてはいけないのだ。臨場感が危機感を生む。これはターンアラウンドに挑むリーダーの鉄則だと思っている。ここでコストカットをやれと命令だけで終わってしまってはダメなのだ。それでは「このままでは会社は潰れる」という危機感が現場には伝わらない。これは社長で本気で取り組もうとしていることなのだと、伝える必要があるのだ。

  • リーダーの役割は目指す方向にプロジェクトを進めることである。知ったかぶりをすることではない。わからないことをわからないと口に出していうことの大切さは、すでに身に染みて知っていた。

  • 知ったかぶりというのは、部下にはすぐに見抜かれてしまうものだ。リーダーの資質として重要なのは「だったらサポートしましょうか」と部下たちに思ってもらうこと

  • 私はよく「肩書で仕事をするな」という。社員たちの票を勝ち取り、「この人の話なら聞いてやろうか」と思ってもらうためには、小さなことを積み重ねていく他ない。

  • 私が重視しているのは「異見を求める」ことである。異見を言ってくれるプロを探し出して自分の周囲におくことは、リーダーとして不可欠な素養ではないかと思う。そのためには自分自身が周囲から「この人はちゃんと異見に耳を傾けてくれる」と覆われるような信頼関係を築く必要がある。それと同時にリーダーが責任を取る覚悟があることを言葉に表して、また行動で示す必要がある。そうでなければ「異見」は集まらない。



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