関西人
就職と同時に東京に出た。
最初に勤めた会社は同期が600人ほどいるIT系の大企業だった。
入社1年目はほぼ研修にあてられたのだが、新入社員全員が一同に会すことは難しく、15クラスほどに分けて研修が行われた。
何度かクラス替えがあり、その度に強いられたのが自己紹介だ。
私は毎回、出身地・出身大学・大学時代に打ち込んだこと、といった差し障りのない内容を淡々と話した。
先が長い社会人生活、初っ端から変に目立つことだけは避けたい。
3つ目のクラスで自己紹介を終えた直後だった。
隣に座っていた女性がヒソヒソ声で話し掛けてきた。
「関西人ってみんな常に笑いを求めるって本当なの?」
東京出身の彼女は名門私立大学を出ているそうだ。
何かしらのタイミングで関西出身の人間に、その疑問を投げかける機会はあったろうに、笑いを求められる恐怖のあまり、関西人とやらを避けてきたのだろうか。
それにしても何故いま?何故私に?何が彼女を掻き立てたのだろうかと戸惑いつつ、返す言葉を探していたとき、ふと祖母とのやりとりを思い出した。
その日、神戸に帰省した私は、実家から歩いて行ける祖母の家を訪ねた。
社会人になって初めてのゴールデンウィークだった。
祖母の家の玄関を開けると、廊下の奥から笑い声が漏れていた。
祖母がいつか大絶賛していた饒舌の歌手がMCを勤める昼下がりの番組だ。
私が居間に入ると、祖母はリモコンを取りテレビの音量を下げた(消したくはないらしい)。
ちょうど台所のやかんが沸騰し、丸テーブルの上に置かれた急須に熱々の湯を注ぎながら、祖母は尋ねた。
「東京で仕事するなんてすごいなぁ。かっこいいなぁ。どうやって帰って来たん?」
祖母は昔から私がすることは何でも過剰に褒めてくれた。
「新幹線やで。」
「わぁ、新幹線かぁ。すごいなぁ。かっこいいなぁ。何時間かかるん?」
「そうやなぁ、3時間くらいかなあ。」
「わぁ、3時間も。えらい長いなぁ。」
祖母は続ける。
「隣の人、おもしろかった?」
予想もしていなかった質問に私は一瞬何を聞かれたのか分からなかったが、すぐに頬を緩ませ答えた。
「そんなん、隣の人となんか喋らんよ!」
祖母は驚いた顔を見せた。
「えぇ!あんた3時間も一緒におって、一言も喋らんの?おばあちゃんには考えられへんわ。まぁ、おもしろなかったらかなわんけどな。」
関西人が常に笑いを求めるかどうかの答えは持ち合わせていない。
ただ、神戸で生まれ育った祖母は見知らぬ隣人でさえも、おもしろくあってほしいと願っている。
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