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スポーツチームにおけるデジタルマーケティングの可能性と課題

オリンピックがあるために、例年より一週間早く始まるはずだった2020年のプロ野球。気づけば野球を観るようになってから初めて野球を観ずに5月が終わろうとしています。

この数ヶ月はインターネットがなければ成立していない生活だったのですが、もともといろいろな場面で「デジタルシフト」は進んでおり、個人的にそれほど不自由さは感じていません。


一方、スポーツ観戦はライブで、オフラインでデジタル化されていない体験ができる貴重なエンターテイメントでした。オンラインでは体験できない一体感、緊張感、高揚感、感動を提供できること。これがスポーツ観戦の醍醐味だったと思います。

ところが、スポーツの会場はまさしく「三密」(密閉ではないので屋外球場では二密か)。毎試合スタジアムを満員、つまり密を作るためにいろいろな努力、工夫をしていたスポーツ界でも、密を避けることが求められ、急激なデジタルシフトが必要になっています。


スポーツチームのデジタルシフトを進めるに当たり、特に「デジタルマーケティング」というワードは今後のビジネスで非常に重要になっていると考えています。そのため今回は、プロスポーツチームにおいて、いかにデジタルマーケティングが必要か整理しました。


【可能性1】存在感が増していくネット観戦

もうネット観戦はスタジアム観戦の代替ではありません。

リモートワークが一般的になり、意外と家で仕事ができることを多くの人が認識し始めています。あれだけ満員電車が避けられない問題だったのに、この二ヶ月は全く電車に乗っていません。乗る必要がありませんでした。レストランの料理も家で食べられるようになったし、飲み会もオンラインでできるようになりました。むしろ地理的ハードルがなくなり、今まで直接会えなかったような人ともコミュニケーションできているのではないでしょうか。

家で何でも完結できることがわかり、ぼくたちは感染の危険を犯し、交通費と移動時間を費やして、あえてスタジアムに行ってスポーツを観なくてはいけない理由を探さなくてはいけなくなっています。

そんな中で、ネット観戦はより主流になっていくでしょう。


ぼくがここで重要だと考えているのは、ネット観戦は5G、VR、ARのテクノロジーによる観戦体験の向上というよりも、視聴データが取得できるということ。これを活用してこそ、ネット観戦の真価が発揮されると思います。

徐々に電子チケットが普及し、国内でもスタジアム来場者の情報は取得できるようになりました。ただ、やはりまだ紙ベースのチケットが一般的であり、顧客分析は限定的。

一方、ネット観戦では「誰が」「いつ」「どの試合」を観ているのか、しかもそれが特定の球団・スポーツだけではなく、他のスポーツや他のコンテンツの視聴履歴もわかるようになります。

このスポーツチームでしか取得できない貴重な情報を、マーケティング観点、およびプロダクト改善のヒントとして使うことができるようになるのです。


【可能性2】コンバージョンの多様性

Webマーケティングで重要なワードのひとつが”コンバージョン”。コンバージョンとはユーザーがWeb上で行う最終的なアクションのことであり、例えば、ECサイトなら商品購入、情報配信サイトであれば会員登録、企業サイトでは問い合わせ数など。この数値を上げるために、Webサイトをかっこよく、可愛く、使いやすくすることを一生懸命考えるわけです。

スポーツチームでは、このコンバージョンが多様にあります。

チケット販売だけではなく、グッズ(マーチャンダイジング)、ファンクラブ登録、動画配信サービスのサブスク登録・・・。誰かはファンクラブに入って、グッズもたくさん買っているし、他の誰かは動画配信サービス会員であり、よくチケットを購入し現地で観戦もしている。

このデータをまとめ、ひとつの会員データに紐つけて、いかに全体最適の仕組みを構築できるか。いろいろな形でチームに貢献してもらえるファンそれぞれに対し、適切な商品を用意することが今後重要になります。


【可能性3】独自会員データの取得・活用

近年、個人情報管理が厳しくなっています。

特にネット界隈で重要なのが、Webサイトの閲覧情報であるクッキーの取り扱い。

ネットの閲覧は個人の趣味、嗜好など、今関心があること、今解決したいことなど人には言えないことも含まれる深層心理が詰まったデータであり、これを活用することでネットビジネスは劇的に成長してきました。

今まで個人のクッキーは各企業が自由に利用できていましたが、2018年に施行されたヨーロッパのデータ保護規則(GDPR)ではクッキーを個人情報として扱い、企業が取得・利用するには明確に本人の同意が必要としています。

更に、chromeも2年後にはクッキーを廃止するとのこと。

ネット閲覧情報が以前と比べて自由に使えなくなった時に競争力の源泉になるのは、いかに自前で会員情報、そしてその会員の属性や、行動がわかるようなデータを持っているかどうかになります。その点、スポーツチームは様々な顧客接点の機会があり、貴重でユニークなデータが取れる存在になり得ます。

この情報を自分たちで活かすことはもちろん、特に威力を発揮すると考えているのは対スポンサーへの価値。

スポーツチームの収入の大きなカテゴリーのひとつがスポンサー収入であり、スポンサー企業はユニフォームやスタジアムの看板にロゴを入れる権利を与えられ、観戦者にマーケティングができるようになります。ただ、スポンサードする企業は、そんなマスマーケティングだけではなく、より顧客一人ひとりにあったマーケティング、実際にその商品、サービスを体験できるような機会創出に関心を持っています。なので、そのチームでしか取れないデータを基にした、そのチームでしかできないスポンサーシップというのは非常に重要な要素になっているのです。



さて、スポーツチームにおけるデジタルマーケティングの可能性について挙げました。ただし、これを達成するには大きなハードルが存在しているのも事実であり、個人的には次の3つが課題だと感じています。

【課題1】業務部門との協力体制

スポーツチームでは多様なコンバージョンがあることが特徴である一方、今のスポーツチームでのチケッティング、グッズ、ファンクラブなどの各サービス担当部門は分断し、部分最適が進んでいるのではないかと考えています。

対コンシューマーの部門だけではなくスポンサー営業も含めて、データ、デジタルを基盤とした業務へシフトしていくためには、専門のプロジェクトや部署を発足するなど組織的なコミットが必要になります。

デジタルマーケティングはSNSを使ったマーケティングだけではなく、今の業務の延長でもないと考えています。全く新しい取り組みであり、現状のオペレーションの片手間で進めるようでは、担当者の想いばかりで空中分解し、何も前に進みません。

各業務部門が新しい業務の想像を膨らませ、システム担当者、ベンダーと協力し、IT技術で実現する。更に、それをきちんと業務に導入し、継続的な改善を行う。

組織課題と認識し、ある程度トップダウンでの号令がないと進めるのは難しいと考えています。


【課題2】IT人材への理解の低さ

本格的にデジタルマーケティングを進めるには、スキルの高い人材が必要になります。というのも、業務部門の要件を聞き出し、まとめ、システムに落とし、予算を獲得。その後はシステム開発の管理、運用管理までをカバーしなくてはいけません。

特にスポーツチームではITの理解が低く、待遇的な面でスキルのある人材を確保することが難しいと考えています。プロジェクトをまわすことができ、ベンダーの成果物をチェックでき、プログラミングができ、生データにアクセスして集計できるなんて人材は、スポーツ業界に限らず引く手あまたであり、非常に採用コストが掛かります。

そもそも、スポーツ業界ではそういったスキルの価値を正しく判断できていないのではと考えています。「スポーツチームで働けるのであれば、200万円、300万円でも無給でもいい」という熱意のある人を、スキル云々よりも優先して採用してしまうような気もしています。

IT投資には内部での人的コストがかかるのは、もはやビジネス界では当然であり、ここに経営者が気づいているかどうか。デジタルマーケティングをドライブするIT人材がスポーツチームで活躍するにはこの点が重要になると思います。


【課題3】リーグビジネスの難しさ(野球の場合)

デジタルマーケティングは場合によっては億単位の初期投資が必要になります。一方、同時にスケールメリットを享受できるものです。どのチームでもビジネスモデルは同じで、扱っている商品も同じ。それにチームで独立せずに、協力しあってファンのエンゲージメントは高めていきたい。それであれば共通機能は共有し、リーグとしてビジネスを行うことが効率的になります。

アメリカではサッカーも含めてプロスポーツはリーグビジネスが主流です。「試合中はもちろん敵だけど、ビジネスでは運命共同体。リーグの繁栄こそ、自チーム、自クラブのキーファクター」との考えが一般的。

例えば、NFLは放映権をリーグが一元管理。「ジャイアンツ戦が放送できないから、ベイスターズ戦を放送しよう」ということはできず、NPBと放映契約を結ばないとどの試合も放送できません。

オンデマンド視聴が一般的になる中で、放送局はライブコンテンツを渇望しています。しかし、放映権はリーグが一元管理しているので、NFLというひとつの商品の取り合いになります。それゆえ、放映権が爆上がりしているのです。

更に、MLBにはないサラリーキャップを導入して徹底的に戦力均衡し、どの試合にも注目が集まるようにしています。

このようにリーグがリーダーシップをとるビジネスで、NFLの2016年の売上は133億ドル。更に、2017年にはこれを250億ドルまで成長させたいとのこと。

NFLは32チームあるので、1チームあたりにすると700億円。各チームにこれだけ収益をもたらしているのだから、コミッショナーが5年2億ドルで契約延長するのも納得です。


日本でもリーグビジネスが導入されている例はあります。

その代表格が、Jリーグ。2017年にDAZNがJリーグと10年2100億円の放映権を締結し、各クラブに分配されるDAZNマネーによって、やきう民のぼくでも聞いたことがある外国人選手をJリーグクラブが契約できるようになりました。

Bリーグは、発足当初から徹底したリーグビジネス。ターゲットの選定(若者・女性)や、タッチポイントの選定(スマホファースト)、価値の定義(エンターテイメント)を明確にし、それに沿ってリーグ主導でプロバスケットの試合をプロデュースしています。


かたや、プロ野球。

パ・リーグこそ6球団で共同出資、設立したパ・リーグ マーケティングという会社が手動してリーグでの海外展開や、各球団の公式イトの統一、ライブ配信プラットフォームを用意しているものの、どうしてもセ・リーグがついてこない。

例えば、東京の野球ファンをジャイアンツとヤクルトが取り合っているようではいけません。これからは、セ・リーグはジャイアンツ、パ・リーグはライオンズっているファン、さらには、「チームよりも坂本と山田が好き」みたいな、チームよりも特定の選手が好きなファンなど、多様な嗜好を持ったファンを受け入れ、作り、そしてエンゲージメントを高める必要があります。

野球ファンのパイを広げるには、やはりプロ野球全体の取り組みが必要になり、特に多様で膨大なデータを扱うデジタルマーケティングではこの点が重要になります。


以上がぼくが考えるスポーツチームにおけるデジタルマーケティングの可能性と課題です。

この領域に関しては全く素人で、かじってもいないレベルです。ただ、今のスポーツ業界ではフロンティアで伸び代がある分野であることは間違いないです。

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