【料理エッセイ】ハッシュドポテトとラリアットおじさん
十月末日で仕事を辞めた。といっても、まだ受理はされていない。在宅で資料を作るだけでもいいから残ってほしいと頼まれている。正直、疲れちゃったし、残る気はない。ただ、議論するのも億劫なので、とりあえず二週間休みますと伝えてお茶を濁した。以来、毎日、散歩と読書とnoteを書いて過ごしている。
そんなわけで、今日も近所をブラついた。道中、デイリーヤマザキで「金曜日なので揚げ物割引中」という張り紙を見つけた。なんでだろう? と不思議に思って近づいてみた。金曜日の上に「フライデー」、揚げ物の上に「フライ」とそれぞれ読み方が振ってあった。
乾いた笑いがこぼれてしまった。くだらないなぁ。そう思いつつ、ショーケースの中身を見ると全品30円引きとたしかに安い。これも縁だと久しぶりにハッシュドポテトを買ってみた。
雨宿りができる公園を目指し、歩きながらハッシュドポテトを食べた。傘を持ちながらで大変だったが、寒い中かじるホットスナックはありがたい。口いっぱい広がるジャンクさは脳に刷り込まれた資本主義の味がした。罪悪感はあるけど、抗えない幸せがそこにはあった。
思えば、中学生の頃、放課後にハッシュドポテトをよく食べた。部活終わり、塾に向かう途中の空腹をこれで誤魔化した。あのとき、通っていたのもデイリーヤマザキだった。
本当はフライドチキンとか、肉まんとか、ボリューミーなものを食べたかった。でも、少ないお小遣いをやりくりするため、結局は税込80円のハッシュドポテトを選ぶしかなかった。
たしか、中一、中二、中三の夏まで、飽きずにハッシュドポテトばかり食べていた。すべての枚数を重ね合わせたら、けっこうな高さになるんじゃなかろうか? なのに、あるときからハッシュドポテトを食べなくなった。
なぜだっけ? 買い食いを怒られたんだっけ? それとも、受験直前でコンビニに寄る時間すらもったいなくて感じたんだっけ?
ひょんなことから、遠い記憶の疑問をあれこれ考えた。懐かしく、雨に濡れる憂鬱さが消えるぐらいには楽しかった。
でも、あ……、と答えにたどり着いた瞬間、嫌な気持ちに襲われた。ゾッと背筋が冷たくなって、反射的に足が止まった。
まわりを確認した。それから道の隅っこに寄って、残っていたハッシュドポテトをカバンにしまった。そして、妙な不安を抱えつつ、今日は帰宅することにした。
忘れていた。ハッシュドポテトを食べなくなったのには明確な理由があった。とても怖い思いをしたのだ。
ラリアットおじさん。
わたしはその人のことを心の中でそう呼んでいた。
中三の秋。部活を引退し、いつもより早い時間にハッシュドポテトを歩き食いしていたときのこと。突然、目の前に大きな腕が現れた。
「うわっ」
なにがなんだかわからなかった。わたしは驚き、とっさに身を屈めた。というか、よろめき、転んでしまった。
アスファルトの痛みを手のひらに感じつつ、慌てて振り返れば、知らないおじさんの背中が猛烈なスピードで遠ざかっていった。
「ヤバいよ。すれ違いざまにラリアットかまされたんだけど」
このときの経験をそのまんま伝えて回った。みんな、「そんなわけないでしょ」と笑うばかり。創作エピソードとして扱われた。
ただ、自分としても、そんなヤバい人が現実にいるとは信じられなかったし、強く反論はできなかった。もしかしたら、あのおじさんが偶然腕を上げたところにわたしが近づいてしまい、ラリアットされたみたいになったのかも。そんな風に納得しようと頑張った。
しかし、それは偶然なんかではなかった。その後、わたしは何度もラリアットおじさんと遭遇した。顔もしっかり把握した。数メートル手前で「あ、ラリアットおじさんだ」と認識し、完全に動きを見切って避けられる程度には修行を積んだ。
無論、めちゃくちゃ腹は立っていた。なんで、わたしを攻撃してくるのか。理由がさっぱりわからなかった。ただ、相変わらず、家族や友だちからは作り話と疑われているし、直接聞くにはヤバ過ぎる相手だったので、一人、悶々と悩むしかなかった。
そんな中、珍しくハッシュドポテトを買わずに塾へ向かうことがあった。またしても、ラリアットおじさんが登場。いつものように身構えたけれど、その日はなぜがラリアットを仕掛けてこなかった。
喜びより先に首を傾げた。すぐにふだんとの違いを探した。ひょっとして、歩き食いをしていないから? まさかとは思ったけれど、確かめずにはいられなかった。
翌日、翌々日と歩き食いをやめてみた。案の定、ラリアットおじさんはなにもしてこなかった。
この結論に至ったとき、わたしは途方に暮れてしまった。
そりゃ、まあ、歩き食いはマナーが悪いかもしれないけどさぁ。ラリアットかましてくる方がよっぽどマナー違反じゃないですかぁ?
でも、ヤバいやつに文句を言えるはずがない。君主危に近寄らずの精神で、わたしはお母さんにおにぎりを作ってほしいとお願いした。以来、ハッシュドポテトを買わなくなった。
SNSが普及して、ぶつかり男が可視化した。人混みでわざと体当たりしてくる男のことだ。
ぶつかられた被害者は前々から声をあげていた。しかし、みんな、「偶然ぶつかっただけじゃないの?」と信じようとしなかった。なにせ、ぶつかる理由が不明過ぎるから。
ところが、スマホで撮影された映像によって、ぶつかり男の存在は証明された。ネットで拡散、テレビニュースでも報じられた。
いまもラリアットおじさんはいるのだろうか? 仕事もないし、地元に帰って、大捜索してみようかな。そんで、見事に撮影できたら凄いことになるんじゃなかろうか!
帰宅し、冷たくなったハッシュドポテトをかじりつつ、わたしはあえて徳川埋蔵金を探し求める糸井重里みたいなテンションでフフッと笑った。
マシュマロやっています。
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