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【映画感想文】目覚めたまま見る夢のように「失われた30年」が可視化されていく - 『悪は存在しない』監督:濱口竜介

 濱口竜介監督の新作が公開されると聞き、先日、ル・シネマのHPでチケットを買った。舞台挨拶の回がギリギリ残っていた。これはラッキー。でも、上映開始は10:20〜。朝、早く起きるのは苦手なので、寝ぼけ眼で渋谷に行ってきた。

 東映プラザにポスターが貼られていた。可愛いタッチ。ただ、どことなく不穏。キャッチコピーもなんだか意味深。観る前と観た後で同じようには生きていけない映画になっているんだろうなぁ。そんなことを思いながら、エレベーターの列に並んだ。

 で、実際、その通りの映画だった。もう、わたしはこの物語と無関係ではいられない。というか、そもそも、わたしたちの物語だった。

 舞台は長野県の自然豊かな田舎町。薪を割り、水を汲み、野草を摘んで狩りをする。そんな生活を送っている土地にグランピング施設の建設計画が持ち上がる。運営企業の担当者による説明会が開かれるところから、物語は始まっていく。

 都会の企業vs地元住民という構図自体は定番で、そのことを描く作品はこれまでも多く存在した。だが、『悪は存在しない』はそのやりとりに日本の失われた30年を重ねている点が新しかった。

 なにせ、本気でグランピング施設を作りたい人なんて一人もいないのだ。運営企業は補助金をもらうため、コンサルティング会社の提案に乗っているだけ。受給資格を満たす条件さえそろえばOKで、担当者にしても、ヤバいことをやっている自覚がある。

 地元住民もそのことに気がついていて、「ふざけるな」となってはいるけれど、人の流れが増える点は魅力的。どうしても反対する人の声が目立つけれど、中には企業の説明を嬉しそうに聞いている人もいる。と言うのも、地方の財政が苦しいのは明らかで、対策が必要なのは間違いないから。

 そのため、企業は説得のため、経済活動が盛り上がることで、最終的には皆さんも潤うことになるんですよと熱く語る。トリクルダウン理論である。

 対して、住民は言う。グランピング施設が繁盛することで生じる水質汚染や騒音トラブル、火災事故などのマイナスを最終的に背負うのはわたしたちなんですよ、と。これまた、負のトリクルダウン理論である。

 ぶっちゃけ、こんな計画、やらない方がいいに決まっている。でも、すでにお金は使っちゃっているし、途中でやめたら補助金は下りないし、やる以外に選択肢はないんだよ! と、勝算なきまま企業は突き進む。

 これ、どこかで聞いたことのある話だ。消費税しかり、郵政民営化しかり、原発政策しかり。アベノミクスしかり、東京オリンピックしかり、大阪万博しかり。バブル崩壊後の日本が繰り返してきた失敗の構造そのものなのだ。

 本来、どれも国民を豊かにするための手段だったはずが、いつしか目的に姿を変えていた。結果、途中でやめた方がいいと発覚しても、なぜか撤退できなくなってしまう。しかも、責任者が誰なのかはっきりしないので、苦情を伝えることもできない。

 そして、「やるからにはネガディブなことを言うんじゃない」が合言葉になっていく。

 たぶん、誰も悪くない。それなのに、最悪の結果になっているから、日本はいま大変なのだ。

 いや、日本だけの話じゃないのかも。冷戦が終わり、世界に平和がもたらされるはずだったのに、あちこち、なんでこんなことになっているの? って感じだもんね。

 悪いやつなんていなくって、みんな、せざるを得ないってことを消極的にやっているだけ。なのに、最悪なことになってしまった。それが現代のリアリティなんだよなぁ。まさしく、「悪は存在しない」である。

 そのことをなんてことない田舎民の、なんてことない出来事を通して、見事に描き切ってしまうんだから、濱口監督、恐るべし。役者にあえて棒読みをさせる演出法も相まって、まるで目覚めたまま夢を見ているようだった。そう。この嘘みたいな世界にわたしたちは生きているのだ、と。

 このことを踏まえると、ラストシーンをどう解釈したものか。大きな問いを突きつけられる。たぶん、これをよき答えにするため、わたしたちは頑張らなくちゃいけないんだと思う。

 濱口監督がアカデミー国際長編映画賞をとった『ドライブ・マイ・カー』でも、似たような問題は描かれていた。悲しむべきときにちゃんと悲しんでおくべきだったという物語は、バブル崩壊後、あらゆるツケを下の世代に先送りしてきた現代日本に深く突き刺さる。

 1978年生まれの濱口監督はいわゆる就職氷河期世代。連綿と続きかねない負の連鎖を俺たちが止めるという覚悟を持っているのかも。少なくとも、いつかは誰かが止めなきゃいけないという強いメッセージを感じる。

 そういう意味では、誰かがちゃんと悪にならなくてはいけないのだろう。常になにかしらを傷つけながら成長していく無分別な経済活動を止める悪者に。

 エンドロールが流れている間、いろいろと考えてしまった。参ったなぁとため息が漏れてしまうほど。

 でも、舞台挨拶が始まると、宣伝担当の方の軽妙な司会によって、濱口監督とキャストの皆さんがが和やかなトークを展開していて、なんだかホッとしてしまった。

 驚くべきは主演の大美賀均さんはもともと車輌部でドライバーをやっていたということ。ロケハンの車を運転し、カメラテストに付き合ってもらった際、監督が「この人が主演でいいんじゃないか?」と思ったとか。

 また、グランピング施設を作る企業の男性担当者を演じた小坂竜士さんも『ドライブ・マイ・カー』の撮影時、車輌部のドライバーをやっていたというから面白い。

 濱口監督の映画に出演したい役者のみなさんはオーディションを受けるより、車輌部でドライバーとして働いた方がよかったりして笑

 20分ほどのトークショーだったけれど、濱口組のアットホームな空気が伝わってきて、とてもよかった。だから、シリアスかつ哲学的なテーマを扱っているにもかかわらず、濱口監督の映画は肩肘張らずに見れるんだろうなぁ。

 間違いなく、濱口竜介の名前は世界の映画史に残り続ける。そんな人の映画を母国語で、リアルタイムに観ることができるなんて!

 終演後、ぱくもりのカレーを味わいつつ、わたしはそんな幸せを噛み締めて、この記事を書いている。

1皿で2種類のカレーが楽しめるって素敵だよね♪




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