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【ペライチ小説】_『娘帰る』_24枚目

 今度は背筋を後ろにまっすぐ伸ばした。骨がポキポキッ鳴って爽快だった。ひょっとしたら身体には悪いのかもしれなかったが、現在の快感に比べれば、未来のことなどどうだってよかった。そのとき、見上げるでなしに上を見ていた視界がパッと真っ白になった。最初、なにがなにやらわからなかった。だけど、徐々に焦点が合うにつれ、輪状になったLEDをまともに捉えてしまったらしいと状況が理解されてきた。

 鋭い光がトゲトゲ眩しかった。目の中がチラつき、なにもかもが霞んでしまった。やがて、モヤが晴れていく中で天井の模様がくっきり浮かび上がってきた。その光景はいまさらながら奇妙であった。というのも、端から端まで時代錯誤な木目調が広がっていたのだ。おばあちゃんは前回のリフォームで家中の壁紙を新しくしたと言っていたのに、どうして天井だけ古臭いままなのだろう。それは瑣末な疑問に過ぎなかった。だけど、妙に気がかりだったので、ひと仕事終えたおばあちゃんがダイニングに戻ってくるや否や、

「ねえ、あそこの壁紙、なんで木みたいなやつにしたの」

 と、早々に聞いてみた。

「え。どこどこ」

 おばあちゃんはチラッとわたしが指差す先を見上げた。それから、何度か納得するようにうなずいて、

「ああ。あれね。リフォームのとき、間取りはどうするとか壁紙はどうするとか、ほとんどおじいちゃんが決めちゃったんだけど、天井の壁紙だけはわたしの自由に決めさせてってお願いしたの。長崎の実家が木目調だったから、その感じにしたくって。ほら、わたし、末っ子でしょ。子どもの頃は和室で一人、ゴロゴロ寝そべり、日がな一日のんびり過ごすことが多くって、あの光景がべったり記憶に残っていてさ。随分前に実家は取り壊しちゃったし、あの天井と再会することは不可能でしょ。だったら、せめて、ここに似たようなものを作りたいなぁって思っちゃったの」

 と、気負うことなく教えてくれた。そして、恥ずかしそうに微笑んだ。

「おじいちゃんは反対してさ。わたしがいるところでわざわざ、天井だけ色違いなんて普通じゃないですよね、なんて建築士に確認しちゃったり、本当にいやらしかったの。ただ、ほら、わたしもけっこう天邪鬼でしょ。かえって絶対に譲らないって気持ちにポッと火がついて。その場でわあっと自分の意見を押し通しちゃった。それから何日か経った頃だったかな。おじいちゃんの様子が変になったの。相当、ストレスだったんだろうね。やり過ぎたかもって未だに後悔したりもするけど。やっぱり、戦っておいてよかったとは思うんだよね。たまにボーッと見上げるたび、懐かしい気持ちに戻れるからね。ほら、この年になると未来よりも過去の方が圧倒的に長いでしょ。自然とむかしのことを考えちゃうの」



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