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【ショートショート】役のない役者 (3,224文字)

「嫌いとか言わないで、一回、行ってみようって。ここの演劇は他と全然違うからさ」

「うーん。どこの劇団でも一緒だって。ハキハキとした口調とか、無駄に大袈裟な動きとか、そういう一切合切が嘘くさくって好きになれないんだもん」

「まあ、まあ。そうだとしても、ここは特別。騙されたと思って、付き合ってくれよ」

 友人にしつこく誘われて、俺は渋々、劇場の前までやってきた。ここでチケットを渡してもらう約束だったのに、あいつ、遅刻しやがって。連絡もなかった。来るんじゃなかった。後悔と怒りの念が湧いてきて、やっぱり帰ろうと決意が固まる五秒前、

「ああ、いたいた。なにやってんだよ、こんなところで。もう始まっちゃうよ。急いで、急いで」

 と、黒いTシャツと黒いチノパンに身を包んだスタッフらしき男に背中を押され、無理やり、劇場の中へと押し込まれてしまった。

「いや、まだチケットが……」

 事情を説明しようと試みるも男は頑なで、俺はあれよあれよと運ばれて、気がついたときには舞台裏に立たされ、

「じゃあ、よろしくね!」

 と、なにがなにやらわからないまま、真っ暗な舞台上に放り出された。

 誤解です。そう言って、逃げようとしたけれど、すかさずスポットライトが当たってしまった。照明がほんのりと灯される中、満杯になった客席の無数の目がまっすぐこちらを見つめていることに気がついた。

 緊張で身動きがとれなくなってしまった。直後、舞台袖から役者が二人現れた。男女の組み合わせだった。散歩中のカップルらしく、とりとめのない会話をしていた。現代劇なのか、衣装らしい衣装も、メイクらしいメイクもなく、奇しくも全身ユニクロの俺と印象はそう変わらなかった。

「結局、この前言ってた仕事のトラブルなんだけど、部長が原因だったんだよね」

「えー、なにそれ。一番騒いでいたの部長さんだったんじゃないの?」

「そうそう。この書類を作ったのは誰だー! って。なのに、調べてみたら、作成責任者が部長だったことが判明してさ。誰かにやらせたのかもしれないけど、責任者なら、他人のせいにするのはよくないよねってことになったの」

「うわぁ。恥ずかしいね」

「すっごくね」

 二人はぼーっと立ち尽くす俺に目もくれず、その前を淡々と通り過ぎていった。いかにも自然な振る舞いだった。友人が熱弁していた通り、この劇団はちょっと他と違うのかもしれない。俺が苦手とする「わざとらしさ」が存在しない。そんな気がした。

 だが、喜んだのも束の間、自分の置かれた得意な状況を思い出した。なんの因果か、役がないまま舞台に立たされてしまったのだ。演技が自然と悠長に評価を下している場合じゃなかった。

 とにかく逃げなくてはいけない。だって、このままだと……

「すみません」

「えっ」

 突然、後ろから声をかけられた。振り向くと綺麗な女性がいた。たぶん、この劇団の看板女優。事前にホームページで写真を見ていたけれど、実物はそれよりもさらに美しく、思わず息を呑んでしまった。

 彼女はこちらの反応をよそに、

「さっきからずっとそこに突っ立っていますよね。なんのためなのかなぁって」

 と、訝しるように俺の周囲をぐるりとまわった。

 所作のひとつひとつに目を奪われ、いま、自分に話しかけられているということを忘れてしまいそうだった。でも、無言の時間がしっとり流れ、客席から俺に視線が集中し、なにかしらの答えが求められていると認識するに及んで喉の渇きを猛烈に感じた。

 なにか言いたかった。でも、なにを言っていいのかわからなくって、唇がプルプル震えた。脚もガタガタ揺れ出した。俺の足下だけで直下型の大震災が発生していた。

 やがて、彼女は痺れを切らしたように口を開いた。

「ふーん。教えたくないんだ。個人の自由だって言いたいわけね。でもさ、おじさん。ここは公園。みんなの場所なんだよ。してみれば、その利用方法について、わたしがおじさんに尋ねる権利もあるし、おじさんはわたしに答える義務があるんじゃないかな」

 おじさん!

 その一言にこれほど嬉しくなる時がやってくるとは。三十代半ばの俺としては未だ、おじさんと呼ばれることに抵抗があった。でも、役のないまま舞台に立つという寄る辺なき現状において、「おじさん」という役を与えられた瞬間、自分はここにいていいのだという安心感が湧いてきた。

 彼女は続けた。

「ねえ。おじさんはどこから来たの? どんなお仕事をしているの? わたしが言うのもなんだけど、平日の昼間から公園でぼーっとしているなんて、めっちゃくっちゃ怪しいよ。いわゆる不審者。……警察に相談しちゃおうかな。ほら、ちょうど、あそこに。お巡りさーん!」

 警察官の格好をした青年がやってきた。

「どうしました?」

「見てください。変な人がいるんです」

 指を差された俺の心臓はキュッと縮み上がった。本当は釈明をしなきゃいけないのだろう。それに相応しい情報を持っていなかったが、いつまでも黙ってはいられない。一か八か、アドリブをかましてやるしかないのかも。飲み込む唾が痛かった。

 そのとき、警察官は戸惑う俺に助け船を出すかのように、

「あれ? 小林さんとこの記憶喪失の人じゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」

 と、親しげに尋ねてくれた。彼女は不満そうに口を挟んだ。

「お巡りさん、この人のこと、知ってるんですか?」

「ええ。最近、浜辺で彷徨っているところを保護されたんですよ。記憶喪失で自分が何者であるかも、どこから来たのかも、さっぱり覚えていないようで。ご家族からの捜索願いも出ていないため、どうしたものかと悩んでいたら、町内会長の小林さんが面倒見るって言ってくれたんです。そうですよね?」

 警察官は俺に同意を求めてきた。

「はい!」

 はじめて自信を持ってセリフを口にすることができた。短かったが、はじめて観客の期待に応えられたという実感を持つことができた。途端、身体にエネルギーが満ちてきた。

 俺は記憶を失ったおじさん。流れ流れて、この港町にやってきた。親切な小林さんに助けられ、日々の生活を営み、町の人たちと交流を重ねながら、新しい人生を少しずつでも再築していく。

 以来、次から次へといろいろな登場人物が現れては消え、現れては消え、セリフを通して俺の役柄を説明してくれた。その度に俺は語るべき言葉を獲得し、振る舞うべき動作を身につけて、なるべき人間に成長していった。

 やがて、物語も終盤に至り、俺は例の女性と恋に落ちた。月明かりの下、思いの丈を述べるクライマックスに、

「ずっと伝えたかったんだ。君のことを大切に思っていて、これからもずっと一緒にいたい。君といると、自分が自分らしくいられるんだ。僕の気持ち、受け取ってほしい」

 と、コテコテなセリフを堂々披露できるほど自らの芝居に酔いしれた。こういうベタな展開が嫌いで、演劇を好きになれなかったはずなのに、いざ、演じる側になってみるとあまりの気持ちよさに視力が冴えに冴え渡った。

 客の反応を確認していたら、不意に、友人の姿が目に入った。遅刻していたはずのやつは最前列にど真ん中、どこよりもいい席に陣取って、満足そうに微笑んでいた。

「騙されたと思って、付き合ってくれよ」

 ひょっとして、俺は本当に騙されてしまったのかもしれない。勘違いから舞台に立たされたとばかり思っていたが、すべて、仕組まれていたのかも。

 ただ、いまさら、どうでもよかった。考えてみれば、役のない役者としてつまらない人生を彷徨うより、嘘の世界でなにかしらの役を演じて生きる方がずっと幸せと知ってしまったのだから。

「僕はずっと追いかけてきた夢がある。どんな困難が待っていても、絶対に諦めない。自分の信じる道を進んで、必ず夢を叶えてみせるよ。この情熱は誰にも止められない」

 そんな中身のない薄っぺらい宣言を俺は腹の底から捻り出し、彼女のことをギュッと抱きしめ、万雷の拍手を耳にした。

(了)




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