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【ショートショート】ハラスメントが足りない (1,660文字)

70代・男性自営業「ハラスメントの賠償請求なんて、八百屋をやってきた私に関係ないと思っていました。でも、娘に勧められ、無料診断に電話してみたんです。すると調査でカスタマーハラスメントを受けていたことが判明しました。あとは代わりに裁判をしてくれて、気づけば何十万円も振り込まれていました。ダメ元で電話してみてよかったです」

40代・専業主婦女性「ずっと家にいるし、ハラスメント被害を受けた意識は少しもありませんでした。ところが無料診断に電話してみてビックリ。お隣さんから音ハラスメントを受けているとわかったんです。お陰様で百万円の賠償金を受け取ることができて、家族で念願のハワイ旅行が楽しめました。ハラスメント最高!」

10代・小学生男子「中学受験をしろと親に言われて、僕は行きたくなかったのに、3年生のときから塾に無理やり行かされていました。そのことを無料診断の電話で伝えたら、たぶん、なんらかのハラスメントになるということで、親から賠償金をとることができました。いまは毎日、友だちと遊べて幸せです」

ナレーション「あなたもどこかで誰かにハラスメントを受けています。昔のことでも、記憶がなくても、間違っていても、わたしたちにお任せください。必ずハラスメントを立証し、賠償金を確保致します。お小遣い稼ぎの感覚で気軽にお電話ください。相談は無料です」

*   *   *

 テレビを見ていたら、そんなCMが流れてきた。この前まで過払金請求のCMを流していた司法書士法人によるものだった。世も末だと思ったけれど、わたしは電話をかけずにはいられなかった。

「はい、こちらオーネスティ法律事務所、ハラスメント無料診断ダイヤルです」

「もしもし、どうしても賠償金が必要で。ただ、ハラスメントを受けた認識はひとつなくて、それでもなんとかなりますか?」

「もちろんです。生きている限り、人間、なにかしらのハラスメントを受けているものですから。生年月日と戸籍上の性別および性自認、出身地、学歴、職歴、恋愛歴など教えて頂き、弊社のシステムでハラスメントを見つけ出します。ご安心ください」

「あー、よかったー。実はわたし、ハラスメント加害者として訴えられているところで、賠償金をどうやって工面したものか悩んでいたんです」

「なるほど、最近、増えていますよ。かく言う、わたしも複数の訴訟を抱えています。5件訴える側で、3件訴えられる側です」

「大変ですね!」

「いえ、それほどでもありません。専門家の人にお任せしているので。たぶん、相手も同様なので、裁判をしている相手と直接やり取りはしていませんし、書類も手続きもすべて丸投げしていますし、口座のお金が出たり入ったりするのを見るだけ。なんてことないですよ」

「へー。いまって、そんな感じなんですね」

 改めて、世も末だと思ったけれど、背に腹は変えられなかった。なにをやってもハラスメントになり得る時代なのだ。受け身のままでは手当たり次第に訴えられて、破産するのを待つばかり。こちらからも積極的に訴えていかねばなるまい。

 最初は抵抗があった。ハラスメントをでっち上げて、知り合いを訴えるなんて。ただ、実際にやってみるとコールセンターのお姉さんが言っていた通り、面倒なことはひとつもなかった。何通かメールが届き、登録していた口座に手数料を引いた賠償金が振り込まれていた。なにもせずに儲かった。

 そんなわけで、以来、日々の生活を営む中でセクハラとかパワハラとかスメハラとかロジハラとか、わたしは嫌な思いをする度、内心、喜ぶようになってしまった。賠償金を分捕れると頭の中で算盤がパチパチと鳴り響いた。

 あーあ。みんな、もっとハラスメントしてくれないかなぁ。先月、クレカを使い過ぎちゃったし、8件もハラスメントで訴えられているし、支払いがちょっと厳しいんだよね。特にハラスメントで訴えられたハラスメントというのもできてしまって、賠償金を取った相手に賠償金を取り返されるケースが増えてきた。

 このままじゃ、ハラスメントが足りないよ。

(了)




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