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【映画感想文】アメリカで再び中絶が禁止され出している現在だから、みんなが知っておかなきゃいけない戦いの記録 - 『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』監督:フィリス・ナジー

 最近、映画配給会社のプレシディオがYouTubeで洋画などを無料公開していると知った。

 どれも知らない作品なのだけど、出演者はけっこう豪華で、なんとなく見始めたら予想外に面白くってハマってしまった。

 テレビ東京の『午後のロードショー』で平日昼間にやっていそうなアクション、スリラー、サスペンスのオンパレードで、どれもちゃんとオチがあるので癖になり、一日三本は鑑賞している。というか、やめられない、とまらない状態で、次から次へと試聴している。

 すっかり、プレシディオチャンネルのファンになってしまったので、この会社は現在、どんな映画を配給しているんだろうと興味を持った。で、調べてみたところ、『コール・ジェーン-女性たちの秘密の電話-』が今日、2024年3月22日(金)公開と書いてあった。

 きっと、これもなにかの縁。早速、見てきた。

 結論、とんでもない傑作だった。

 舞台は1960年代のアメリカ。妊婦のジョイは体調不良で倒れ、医師から原因は胎児が心臓を圧迫していることにあると告げられる。母体を守るためには中絶をするしかない。ジョイは悩みつつも、中絶の決意を固める。

 当時、アメリカで中絶は禁止されていたが、やむを得ない事情があれば可能だった。そこでジョイは担当医と一緒に病院の理事会に参加。許可を得ようとしたところ、ずらっと並ぶ全員男なお偉いさんは「認められない」の一点張り。信じられない……。

 このままだと命に危険が。ジョイは必死に他の手を探す。精神科で心神喪失を偽ってみたり、階段から落ちてみようとしたり、治安の悪い地域の怪しい病院に行ってみたり。でも、うまくいかない。

 すっかり、絶望の淵に立たされたとき、路上である張り紙を見つける。

「妊娠? 助けが必要? ジェーンに電話を」

 こうしてジョイは望まぬ妊娠をしている女たちを救うため、草の根的に活動しているジェーンと出会う。

 ジェーンが提供する中絶手術はもちろん違法。しかし、望まぬ妊娠で苦しみ、悩み、亡くなる人たちもいる現実を前に、法的な正しさはあまりに空虚。従ってなどいられない。

 中絶を終え、ジョイは命の危機を脱し、その必要性を強く実感。これまでは伝統的な良妻賢母として生きてきたけれど、社会を変えるために頑張りたいと一念発起。家族に秘密でジェーンの協力者となる。

 こうして中絶が法的に禁止されることの不合理さが描かれ続け、物語は1973年のアメリカ連邦最高裁が中絶の合法判決へとつながっていくのだが、お察しの通り、これは実話がベース。現実にジェーンは60年代後半から70年代初頭にかけて、強制捜査が入るまで推定12,000件の中絶を助けたというから驚きだ。

 この12,000件という数字を多いと見るか、少ないと見るか。ジェーンがアンダーグラウンドな存在だったことを感があれば、きっと、救えなかった人がその外側にもっとたくさんいるのだろう。

 つくづく、中絶が合法化してよかったと思う。そして、そのために命懸けで戦ったジェーンたちは本当に凄い。

 なのに、再び、アメリカでは中絶が禁止され出している。もし、次の大統領選でトランプが当選したら、その動きは加速すると言われてもいる。

 背景には、アメリカの人口の多くを占めるキリスト教福音派とカトリック保守派の影響が大きいとされている。聖書では、あらゆる命が神の創造によるものであるから、中絶は神に反する行為であり、絶対に許されないんだとか。

 これはかなり恐ろしい考え方で、仮にレイプで妊娠した場合でも、神が胎児を創造したとみなされ、レイプ被害者である女性の意志は無視されてしまう。

 つまり、聖書は中絶を殺人と定義している。母体となる女がその妊娠を望んでいるか、望んでいないかは関係ないのだ。

 対して、中絶を肯定する側は母体の意志を重要視している。人権思想に基づいて、すべての人が自分の身体について、自己決定ができると考える。いわゆるリプロダクティブ・ライツであり、「私のからだは私のもの」「産む・産まないは女性の自己決定」という言葉がこれを象徴している。

 このとき、問題になるのは胎児の人権。言葉が話せない以上、胎児の意志を確認することはできないけれど、仮に生まれたがっているとしたら、中絶はその権利を侵害することになってしまう。

 そのため、長いこと、中絶にはやむを得ない事情が必要であると思われてきた。例えば、レイプによる妊娠だったり、出産によって母体の命が危険に晒されると予想される場合だったり。日本でも中絶のため産婦人科に行ったら、妊娠した理由を聞かれ、医師から説教されたという話はよく聞く。

 日本人女性の中絶経験率は10.4%である。10人に1人。かなりの割合だ。身近なところにいるはずである。

 なのに、中絶に関するエピソードを耳にする機会は不自然なほど少ない。ひとえに、みな、罪悪感を抱えているからなのだろう。

 産めるのに産みたくないという自分の気持ちを優先し、胎児の命を奪う行為をわがままと考える人はけっこういる。中絶について、母体と胎児、両方の権利がぶつかり合っている状態とみなすとしたら、そのような結論に至ってしまうかも理解できる。

 だが、果たして、ことはそんなに単純なのだろうか。

 我々は命の価値を大きく見積もってしまうせいで、そもそも、母体がなければ胎児は生存できないという前提を忘れてしまうが、本来、ここから議論を始める必要がある。というのも、妊娠とは母体が胎児に身体の一部を貸与している状態であり、その使用内容について、母体に決定権があるのだから。

 このことを日本大学経済学部で教授を務める根村直美は学術誌『生命倫理 VOL.8NO .11998.9』で以下のような形でまとめている。

道徳哲学的にみたとき 「自己決定」とは 「いくつかの選択肢の中から一つの選択肢を他人の強制によらずに選ぶ」ことを意昧する。とすれば、純粋に「自己決定」による中絶とは、「産むことも可能であるが、あえて産まないことを選ぶ」 ということになる。 このような意味での中絶と 「避けることのできないやむをえざる決
定」 としての中絶は明確に区別されなければならない。 ところで、純粋な意味での女性の「自己決定」の権利 が常に胎児の 「生きる」 権利 に優越するということは自明で はない。 女性の「自己決定権」は母体外で生存可能な胎児の生死を決定する権利を含んではいない。しかし、他方、母体外で生存不可能な胎児については、母体を使用する権利、したがって、「生きる権利」を与えるのは、女性の「同意」である。 本稿は、この「同意」を妊娠が単なる 「可能性」ではなく「現実」になったときに与えられるべきものとして位置づけている。

『人工妊娠中絶における 「自己決定」とは何か』

引用元:
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jabedit/8/1/8_KJ00002059062/_pdf

 根村直美は出産をするにあたって、母体となる女性は胎児が自分の身体を使うことに「同意」するか選ぶことができると言っている。これについてはレイプによる妊娠の中絶は仕方ないとする考え方と基本的に変わらない。重要なのはその「同意」が、妊娠が単なる「可能性」ではなく、「現実」になったときに与えられるべきと主張している点だ。

 たしかに、我々はセックスをする限り、妊娠する「可能性」があると知っている。そのため、セックスをしているのに、妊娠すると思わなかったと言っている人に対して、いまさらなにを言っているんだと冷たい感想を抱きがちである。

 だが、「妊娠するかもと思っている」ことは、「実際に妊娠する」こととはまったくの別物。例えば、殺したいほど誰かを憎み、具体的な方法を考えるまではいいけれど、実際に人を殺したとなったら話は別であるように、いわば「可能性」とは空想であり、どんなに予想ができようと「現実」にはなり得ない。

※文脈上、この喩えが適していない旨、マシュマロで教えて頂きました。

 そのため、妊娠が現実にならなければ、胎児に自分の身体を使わせていいか、本当の意味で考えることはできない。妊娠とは結果ではなく、出産に至るプロセスであり、始まってみなければ続けるか否かの判断はつかないのだ。

 だから、「自己決定」による中絶は「産むことも可能であるが、あえて産まないことを選ぶ」ことを意味している。これを人権として保障するのであれば、誰も中絶を責めることはできない。

 中高生が知識不足から妊娠し、中絶したとしても、それはそれで仕方ないことである。不倫相手の子どもを宿し、泣く泣く、中絶を決めたとしても本人の自由である。経済的に苦しいからでも、キャリアのためであっても、中絶を決めるに当たって、他人から説教される筋合なんて、あるはずない。

 人権は神に与えられたものではない。人間が神なしで生きていくために、自らの手で作り出した約束である。だから、正しいとか、正しくないとか、そんなことは問題にしていない。このクソみたいな世界を少しでもよくするために、どういう約束をしなきゃいけないか、それだけがすべてである。

 出産は命懸け。子育てによって人生プランは大きく変わる。みんな、そのことを知っている。なのに、産むか産まないか、自分で選ぶことができないなんて、あまりにもクソゲー過ぎる。

 アメリカで再び中絶が禁止され出している現在だから、かつて、中絶の自由を勝ち取るためにどのような戦いが繰り広げられてきたのか、いま一度、我々は知っておく必要がある。




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