【ペライチ小説】_『娘帰る』_6枚目
粛々と従わざるを得なかった。膝を曲げ、腰を屈め、キッチンに落ちている洋服などを拾い始めた。窓の向こうでジャカジャカとセミがせわしく鳴いていた。夏らしい夏だった。なのに、落ちているのはフリースばかり。拾うたび、季節外れの静電気が指先に溜まり、なにかに触れるたびチクッと小さな痛みが指先に走った。ひとつひとつは大した痛みじゃなかったものの、それが何度も繰り返されると大変に難儀であった。
作業を始めて十分ほど経った頃だろうか。突然、わたしの頭が激しく揺れた。頭蓋骨の左右に出っ張った部分をガシッとつかまれて、息ができないほど、ぐらぐらシェイクされたので腕に抱えた洋服はあれよあれよと舞い落ちてしまった。
「やめなさい」
おばあちゃんの叫び声がした。直後、わたしの身体は放り出された。水の中みたいな曖昧模糊とした視界の中で、
「ちょっと。乱暴しちゃダメでしょ」
と、おばあちゃんが犬を躾けるようにおじいちゃんを指導していた。
「叩いたらダメ。絶対にダメ」
厳しく叱られ、おじいちゃんはしゅんと小さくなってしまって、部屋の隅っこにトコトコ逃げ込んだ。それから、こちらをじーっと睨んできた。瞳は赤々血走っていて、ほとんどケモノのそれと変わらなかった。
「ごめんねぇ。痛かったでしょ」
そう言いながら、おばあちゃんはわたしが落としたフリースを集めだした。ミュージカルの人みたいにその動作は軽やかだった。
「おじいちゃんねぇ、ずっとこんな感じなの。寝ちゃえば静かなんだけどね」
たしかにおじいちゃんはその後も邪魔を繰り返した。そのたび、おばあちゃんは怒鳴った。あまりの迫力にわたしもついつい萎縮してしまった。床に散らばった洋服を回収するだけなのにえらく疲れ果ててしまった。
さて、キッチンを一通り片付け終わって、これでミッションコンプリートかと思ったところ、おばあちゃんはそれらをギュッとおにぎりを作るみたいにまとめて、隣の和室へ勢いよく放り投げてしまった。
意外な展開に驚き、目が点になったまま立ち尽くしていたところ、
「ひとまず、こんな感じで落ちているものをなくしていけばいいからさ」
と、おばあちゃんは爽やかに説明、ビリビリの新聞紙だらけの廊下に向かって歩き出した。
「ねえ、畳んでタンスにしまわなくていいの」
つい、尋ねずにはいられなかった。おばあちゃんは振り向き、笑った。
「いいの。いいの。そんなのあとで」
「え。それだと、おじいちゃんがまた」
「いいの、いいの。どうせイタチごっこなんだもん。とりあえず、目の前をきれいにして、おじいちゃんが眠くなるのを待つしかないの」
「それじゃあ、全部終わらせるのにかなり時間かかるんじゃ」
「そうよー。すっごく時間かかるのよ。だから、いつも、わたしの方がおじいちゃんより先に眠くなっちゃうの」
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