【ショートショート】復縁屋 (1,650文字)
「ねえ、麻子、新しい仕事始めたんでしょ」
「まあね。今度は復縁屋」
「なにそれ」
「恋人と別れたけれど、復縁したいと望んでいる人ってけっこういてさ。そのお手伝いをしているの」
「面白そう。あ、ガパオはこっちです。はい、そこ置いてください。グリーンカレーはそっちで、トムヤムクンは分けたいので、お皿ふたつください。……はい、ありがとうございます」
「美味しそうだね。写真撮ってもいい」
「もちろん。撮ろう、撮ろう。で、復縁屋ってなにするわけ。元カレがヨリを戻したがってますよとか教えてあげるの」
「まさか。そんなんで心変わりするはずないでしょ。お、けっこう辛い」
「こっちも。めっちゃ辛い。でも、マジ美味い」
「だね。コクが凄い」
「だね、だね。タイ料理、本当、好き」
「あー、タイ行きたい」
「それなー。コロナ明けたし、行こうよ、タイ」
「あり。仕事始めたし、お金貯めるわ」
「で、実際にはなにをするわけ。復縁屋って」
「ええとね、説明が難しいんだけど、要するに偶然を装ってターゲットに近づくの」
「どういうこと」
「依頼主からターゲットの行動パターンを教えてもらって、行きつけの喫茶店やバーがあったら、そこで話しかければOK。読んでる本とか、着ている服のブランドとか、声をかけるきっかけはなんでもいいの」
「とにかく仲良くなるんだ」
「そう、そう。ターゲットが自分と同性だったら、友だちになって、自然と恋愛の話をするの。それとなく、こっちが彼氏のことで悩んでいる雰囲気出したら、大抵、向こうは彼氏と別れたばかりって言い始める。わたしはひたすら愚痴を聞いてあげる。そして、最後に『でも、いい人っぽいけどなぁ。もったいないなぁ』と言ったら勝ち確。あとは依頼主が復縁を持ち掛けるだけ。ほぼほぼうまくいくよ」
「怖っ。でも、わかる気がする」
「ねー。やってて、けっこう罪悪感あるよ」
「うそ。麻子、倫理観あったんだ」
「当たり前でしょー。やめてよね、人をロボットみたいに」
「ごめん、ごめん。ちなみにターゲットが男のときはどうするの」
「仲良くなるところまでは一緒。ただ、相手が異性だったら、こっちに惚れさせる必要がある」
「ハニートラップじゃん」
「と言っても、下の名前で呼んだり、軽く身体に触ったりするだけ。なのに、みんな、ちゃんと惚れてくれるからウケるよね」
「小悪魔過ぎ。麻子、やっぱ、倫理観エグいって」
「仕方ないでしょ、仕事なんだもん」
「惚れさせた後はどうするわけ」
「なにもしないよ。ただ、いよいよってところで姿を消すの」
「どういうこと」
「ヤレると思ってヤレないと、男は悶々としちゃうみたいでさ。もはや誰でもいいって状態になるらしく、そこに元カノから会いたいって連絡きたら、会わずにはいられないの」
「へー。勉強になるわ」
「面白いよね」
「ただ、なんか、前にやってた仕事似ている気がするんだけど」
「似ているというか、ほとんど同じだし、一応、いまもやっているよ」
「ターゲットに偶然を装って接触し、ホテル街に誘い出したところをこっそり撮影。浮気の証拠写真を捏造しまくってたよね」
「捏造とは人聞きが悪いなぁ。あれは別れさせ屋の仕事。クライアントが離婚を有利に進めるため、配偶者が不貞行為に走るよう協力してあげてるの」
「てか、別れさせ屋やりながら、復縁屋もやるって、頭おかしくならないの」
「それはある。しかも、うちの本業は探偵事務所だからね。いま、扱っている浮気はなんのための浮気だっけと混乱するよ」
「でも、そんな風に、麻子が浮気のプロで助かったよ。あのままだったら、わたし、完全に婚約破棄されるところだったもん。持つべきものは友だちだね」
「いいの、いいの。こうやって、ランチをご馳走になっているんだし、お安い御用だよ」
「ところで、そう言えばなんだけど。わたし、あの男と行きつけのバーで偶然出会ったんだよね」
「へー。そうなんだ」
「しかも、急に連絡がとれなくなったんだよね」
「……」
「ねえ。麻子、他にも新しい仕事始めてるでしょ」
「……。このパクチー、美味しいね」
(了)
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