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【ショートショート】妻と子どもは有名だけど (1,073文字)

「いい加減、起きてください。閉店の時間ですよ」

「……ああ。……マスター」

「まったく。飲み過ぎですよ」

「しょうがないでしょ。俺ほど惨めな男はこの世にいないんだから」

「なにをおっしゃいますか。息子さんも立派に活躍して、鼻高々じゃないですか」

「ほら。それ。みんな、息子の話をするんだよ。俺じゃなくて。息子さんは凄いですね。息子さんの活躍聞きましたよ。誰も俺のことなんて見ちゃいないんだ」

「卑屈になっちゃって。奥さんも綺麗だし、なんの不満があって、毎晩、こうやってバーで深夜まで過ごす必要があるんですか」

「はいはい。息子の次は嫁の話だよ。いつだってそうなんだ。あいつは聖母と呼ばれているからな。みんなから愛されて幸せだろうさ。対して、俺は全然ですよ」

「ちょっと、飲まないでくださいよ。閉店だって言っているでしょ。早くお家に帰ってください」

「なに言ってんだよ。俺に帰る場所なんてあるわけないだろ。誰からも必要とされてねえんだからな」

「そんなことないでしょ。イエス様の父親として、もっとどっしり構えたらいいじゃないですか」

「はあ? 俺はあいつの父親じゃないから。あいつの父親は神だから」

「いや、そりゃ、まあ、そういうことになってますけど」

「なってるとかじゃないの。実際、そうなの」

「でも、マリア様と結婚しているんですよね」

「もちろん。ただ、まあ、いろいろ複雑な事情があったんだよ。で、気づいたら、あいつが生まれていたってわけ」

「なるほど。詳しくは知りませんが、つまり、お客さんがイエス様の父親ってことなんじゃないんですか?」

「だったら、どんなによかったか。俺はあいつの父親じゃなくて、養父って呼ばれているんだ。信じられるか。養父だぜ、養父。なんだよ、それって感じだろ」

「ああ、ダメですって。そんなに飲んだら。頼むから出て行ってください」

「わかった。わかったよ。ただ、あんたがわけわかんないことを言うから、こうなってんだぞ」

「別にわけわからないことなんて言ってないじゃないですか」

「言ったじゃねえか。俺が惨めじゃないって」

「だって、それはそうなんですもの。普通、ないですよ。聖書に出演できるなんて。たしかに、父親と比べたら、養父は役として弱いかもしれません。でも、人気作品に出られるなんて、普通だったらあり得ません。やっぱり、お客さんは幸せものですよ。一応、僕だって知っているぐらいには有名ですよ」

「だったら、覚えているんだろうな」

「……なにをですか?」

「俺の名前だよ」

「……」

 バーのマスターは帰宅することを諦めて、ヨセフのために新しい赤ワインの封を開けた。

(了)




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