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注文書

私は、漫画、コミックスをよく読んでいた頃がある。その時期は、人生で2回ある。1回目は、大学生時代。そして2回目は、長男と長女が高校中学時代。つまり、4、5年前から現在までである。ただ最近は、忙しすぎて、なかなか読めない。

特に好きな漫画のうち、代表格は、「宇宙兄弟」である。これは、家族全員が好きで、「NARUTO」と並んで我が家の教科書的な存在だ。

そんな中で、私は、毎年、セリカ基金に、いくばくか、寄付をしている。

左手首にも、シリコンリストバンドを、常に、している。

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こんなにたくさんのリストバンドをして、願をかけているオヤジは、この世界広しと言えど、地球上で私1人だけだろう。


セリカ基金に毎年寄付するのには、少し理由がある。もちろん、「宇宙兄弟」が好きだからというのが、大きな理由だが、もうひとつ、あるのだ。


それは、私が駆け出しの営業マンだった頃、なかなか注文書をもらってこれなかった。人生ではじめて受注したのは、営業として世に出てから、半年以上経ってからだった。

私にはじめて注文を出してくれた人は、Mさんという。

その人は、わたしよりもかなり年上の方だったが、よく、引き合い件名を持ってきてくれた。そのひとつひとつが、なかなか厳しい案件だったので、電話を受けて話を始めると、いつも、こりゃ、また、成立しないかな、なんて、当時は、思っていた。

ところが、ある秋の夕暮れ、事務所にファクシミリでMさんが発行してくれた、注文書が届いていた。


初受注から、4、5年の年月、おつきあいをした。


ところがある日、突然、ご本人から告げられたのだ。

しばらく、休むから、ごめんね。

え、どうしたんですか。

実は、医師から、ALSと、診断されたんだ。

......。


私は、医学は学んでいない。だが、それがどんな難病かは、知っていた。そして、不治であることも。

......。

営業として長い間仕事をしているが、商談をしていて、返す言葉がなくなって、相手が先に口を開いたのは、後にも先にも、唯一この時だけだ。


まあ、来月から、休職になる。もう、仕事の引継ぎも、S君に、してある。

世話になったな。

.....いえ.....、こちらこそ.....。お世話になりっぱなしで....。


Mさんは、ほどなく休職し、仕事関係の面会は、一切断ったまま数年が過ぎ、会社の規定で退職され、ついに、亡くなったのか、どうなったのか、何の情報すら入らないまま、そのままに、なってしまった。

何度も、お見舞いに行こうとしたのだ。申し入れも、何度も、した。

だが、ご本人が、仕事関係の面会は、すべて、断られ続けた。

特に仕事の関係の人には、元気でない、弱っていく自分を見られるのは、元気だった頃を思い出してしまうから、嫌なのだということだった。

わたしは、納得するしか、無かった。たとえどんなことがあろうとも、ご本人の意思は、必ず、尊重されるべきである。


あれから、20年以上が経つ。

ALSは、残酷である。意識は明晰なまま、体の全ての筋力が衰え、自らの制御がゆるくゆるく減衰していき、動けなくなり、言葉を発することが出来なくなり、コミュニケーションがとれなくなり、弱り、心臓が止まり、ついには死に至る。


Mさんと、生前、飲みに行ったことがある。当時は、全く病気になるなんて微塵も思ってもいなかっただろう時期だ。

その時、何の話の流れかは、全く覚えていないのだが、尊厳死の話になった。

そしてMさんは、

延命は嫌だ。俺は、尊厳死を希望する。

そう、はっきり言っていた。

その言葉が、私には、永遠に抜けない棘となり、今も心の隅っこにひっかかって、離れない。


12月18日、第4回「せりか基金」賞受賞式は、夕方18:30から、ネット配信で、スマホで見ながら帰宅した。

優秀な医師、研究者たちが、受賞し、研究内容のプレゼンをしていた。20年前よりも、ずっと、医学は、進化していると感じた。


いつか、不治の病と言われる全てが、世の中から消える日が来ると良いのにと思いながら、最寄駅から出て、夜空を眺めながら、ゆっくり、ゆつくりと、歩いて帰った。



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